プライベート7

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(、しょうくんあいたい)

あれから4時間近く。すっかり夜になった頃ずっと目の前に置いて待機していた携帯に1コールで出ればかなり掠れた涙まみれの彼女の声が聞こえた。みぃちゃんからの電話表示を見た時点ですぐに車の鍵を掴んで家から飛び出してたからそのまま早歩きで車に向かう。今日は夕方から今度撮影する写真の打ち合わせがあった。事務所で思ってたよりも案外すぐに終わった打ち合わせ。途中からだったけど会見も携帯で見れば出てきたのはまさかの彼女の名前。それに隣で見ていたじんも顔を歪めて。はらわたが煮えくりかえるとはこのことかと思った。言葉も選ばず彼女を傷つけるような質問にこれを見ているであろうみぃちゃんがとにかく心配になった。彼女のことだからこんなことを言われたから落ち込んでるんじゃないんだと思う。きっとこれに反論した2人がまたさらに非難されてしまったこと。今自分の存在で事務所が変なふうに見られてしまったことに苦しんでいるんだと思う。自分なんかより第一に相手を考えることはよく知ってるから。

(すぐ行くから、どこにいる?そこで待ってて)

(じむ、しょ、だから、ちょっと、)

(いい。そこ行く。斎藤さんいる?)

そこから斎藤さんに軽く聞けたのは彼女はずっと最後まで目を逸らさずちゃんと見ていたということ。メンバーの皆さんも一緒に見ていたということ。井ノ原くんを待ってて遅くなったこと。そんだけ聞ければ十分だった。車を急いで走らせて事務所に着けば前に立っていたのは斎藤さんで。それに頭を下げればすぐに入館証をかけてくれて案内された。案内された部屋に入ればソファーの上に座り顔を隠してるみぃちゃんと、その両隣に座る横山くんと大倉くんで。俺に気づいた2人は手を上げてそして俺の方へ来ると「後は頼んだわ」と部屋から出ていく。きっと2人の声で俺に気づいたんだろう。ゆっくり顔を上げたみぃちゃんは俺に気づくなり既に真っ赤な瞳から大きな雫をポロポロと流して。そしてぐしゃりと顔を歪めると俺にむかって両手を広げた。そのまますぐに駆け寄ってぎゅっとみぃちゃんを抱きしめれば彼女は声を出して俺の胸の中で泣く。珍しかった。みぃちゃんがこんなに声を出して泣く所を俺は初めて見た気がする。

「大丈夫だよ、大丈夫」

ぎゅっと彼女を抱きしめて背中を撫でる。斎藤さんは俺に「ここは落ち着くまでいてもらって大丈夫です」と言うと部屋から出ていった。いつまでそうしてただろう。とにかく強く強くけれども優しく。彼女が潰れないように。でも1人じゃないって俺がいることを分かるように。ぎゅーっといつもよりは強くけれども優しく抱きしめた。

「ジャニーさんがこんなにみぃちゃん泣かしたことないんじゃない?きっとアタフタしてるだろうね」

「、」

「俺がみぃちゃんの彼氏になったって知った時、どんな反応してたんだろ。俺すげぇ怒られてそうw 考えただけで怖いんだけど」

初めてみぃちゃんと映画を撮っていた時。ジャニーさんにたまたま事務所で会ったことがあった。感想聞かれたからみぃちゃんと一緒で楽しいって言ったらさ。

(あの子をよく見ときなさいね。きっとすごく勉強になるよ)

(うん、すでにめちゃくちゃ勉強になってるよ)

(そうでしょ、あの子は私の自慢の娘なんだよ)

そう言ってすげぇ嬉しそうに笑うから。あ、ジャニーさんって本当にみぃちゃんのこと好きなんだろうなって思ったし。大切に思ってることだってあの時の表情ですぐわかった。それにみぃちゃんはみぃちゃんでジャニーさんのこと本当の父親みたいに思ってるってよく話してくれてたし。病院に行った時にジャニーさんの隣で手繋いで寝てるみぃちゃんの姿だって何回も見てきた。告別式でも涙を流しながらもでも温かい目でジャニーさんを見送った姿だってまだ記憶に新しい。みぃちゃんは唯一のあの事務所の中で社長直々のスカウトで。どうやら街で偶然出会ってジャニーさんからしつこくスカウトされ続けたことがきっかけだと前にみぃちゃんに教えてもらったことがある。社長室のデスクには事務所に入った日にとったみぃちゃんの写真と、2人が笑顔で映ってる写真がいつも置かれていた。だから俺らが誰も入れないほど2人の絆はきっとすごく大きくて。そしてその思い出をみぃちゃんはすごく大切にしていたからこそ今苦しくて悲しくて辛いんだと思う。少し泣き声が小さくなってきた彼女をそっと離してその雫が止まらない大きな瞳を見つめれば、みぃちゃんは真っ赤な瞳で俺を捉える。

「・・大丈夫だよ」

「、」

「俺にとってもさ、やっぱり誰にどう言われても、世間がどう思ってもあの人は俺のお父さんで、俺の中心にあるエンタメを作ってくれた人で、大好きな尊敬する人だから」

「、しょ、く、」

「誰に何言われたっていい。そりゃ腹立つしめちゃくちゃ悔しいけど。けど俺らはわかってるから。ジャニーさんの優しさもあの人の大きな愛情も偉大さも」

「、」

「いいんだよ。俺らがちゃんと分かってたらそれはさ、消えないんだから」

「、っ、うんっ、」

「これからなんにも消す必要もないしずっと思い続ける事は自由じゃん?」

「、」

「だからみぃちゃんは変わらず今のままジャニーさんのこと愛してあげてよ」

「、うんっ、」

そっとみぃちゃんの涙を親指で拭うと彼女は少し笑ってそれから俺の頬に手をそっと当てた。

「、ありがとう」

「どーいたしまして」

「連絡待っててくれてた?」

「うん、本当はすぐ駆けつけたかったけどちゃんと家で待ってたよ」

「、うん、ありがとう」

「ちゃーんと待て出来た俺にご褒美は?」

「、あははっ、しょうくん大好きだよ」

珍しく彼女の両手が俺の頬を掴んでそっと落ちてくる唇。それに固まったのは俺の方。いやいや何めちゃくちゃ可愛いことしてくれちゃってんの。ここどこだと思ってんのよ。家じゃないんですけどお姫様。

「ちょ、そういうのは家でしてよ」

「あ、ごめんなさい」

「もっとしたくなるのに出来ないじゃん」

「え、そっち?」

「他にどっちがあるの、ほらいいから早く帰ろ、もう我慢できないから」

「えー、もう眠いから帰ったら寝ちゃうよ、私」

「はあ?寝かすわけねぇじゃん何言ってんの」

「口わるーい、ヤンキーすぎるぅー」

ケタケタ笑いだした彼女に少し安心してしっかりとみぃちゃんの手を握って楽屋から出て行こうとしたら、ゆっくり引っ張られたので振り返る。

「しょうくん、私ね、この事務所のおかげで今があるし、助けられたの、ここに」

「うん、知ってるよ」

「だからもしかしたら、ここにいることで損することもこの先あるかもしれないし、悔しい気持ちになることもあると思う、けどね、私はここにいたい、ここでまた手を取り合って頑張っていきたいの」

「・・ん」

「だから、また、迷惑かけちゃうかも、っ、」

みぃちゃんの言葉が止まったのは俺がそっと彼女の唇に指を当てて止めたから。だってきっとこの先の言葉なんてわかる。俺に謝ろうとしてるんでしょ。この先迷惑かける?なにが?は?ほんとなめてんの?そんなことどうでもいいよ。みぃちゃんのこと俺に聞かれようが俺のところまでなんか記者が来ようがそんなことこれっぽちも気にしない。

「そうじゃない、俺が気にしてるのはそこじゃないよ」

「・・・」

「俺になんかあるとかそんなことなーんにも気にしてないし、みぃちゃんが事務所にいたい気持ちもマジで理解できるし、それを遮る奴らからは俺が何してでも守ってあげたいって思ってる」

「、っ、」

「じゃなくてさ、俺が気にしてるのは、ここ」

「、え?」

トントンと叩いたのは彼女の胸。俺があの会見を見て、そして今のみぃちゃんの姿を見て、その言葉を聞いて、ただただ気になるのは彼女の心だけ。

「みぃちゃんがこれから関係ない人達にここを傷つけられないか、それだけが心配なんだよ」

「っ、」

人一倍優しいんだ、俺の彼女は。誰よりも相手の心を思いやって自分のことは二の次。自分の気持ちは置いといて誰かのために動く人だから。だから今みぃちゃんが事務所の人のために大好きな先輩のために大好きなジャニーさんのために、全力で今からこの事務所を支えていくんだろうなってことはわかる。それを否定するつもりもない。

「俺の優先順位は何よりもみぃちゃんだから」

「、」

「だからこの先、みぃちゃんが凄く傷ついたり悲しくなったりしたら、俺は俺で考える。先に言っとくけど俺は黙って見守ることなんてしないから。みぃちゃんを傷つける奴とは何があっても戦うし許さない。それが新しい事務所のせいなら俺はみぃちゃんをそこから離れるようにするかもしれない」

「っ、」

「それぐらい俺にとっては何よりもみぃちゃんが優先なんで」

優しすぎるみぃちゃんを包み込むのは俺の役目。自分の傷は見ないふりして走ってしまう彼女を止めるのも、その傷を治すのも、そして自分の限界を知らずに走り出す彼女を止めるのも俺がいい。だから彼女にとっては嫌なことかもしれないけど俺は嫌われても憎まれてもみぃちゃんの心を優先したい。

「、しょ、くん」

「それだけはご了承ください」

俺の言葉に目を丸くしたみぃちゃんは、フッと柔らかく笑って涙をまた一筋流すと「私って愛されてるね」なんて。なんだ、それ。

「今更?気づくのおそ!笑」

ほら帰ろうと彼女の手を引っ張ればぎゅっと握り返されて2人で楽屋から出た。楽屋前に立って待っていた斎藤さんは俺に深く頭を下げるとそのまま帰っていく。これからどんなことになるのか、どんな未来が俺らを待ってるのかはわからない。けれども俺がこの事務所を辞めると決めた時。みぃちゃんが言ってくれた言葉。

(正解なんてないんだよ、ただ自分が選んだ方が正解だったって自分自身で思えるように頑張りたいよね)

その言葉は今も俺の心の中に強く残っていて。俺がこの事務所を去ったことも、グループから抜けたことも正解かどうかなんて分からないけど。それでもこれで良かったといつか笑って言えるように頑張りたいと思ってる。だからみぃちゃんだってこれから自分が正解だって思えるように堂々と好きなことやって欲しい。細くて小さな身体には重すぎるほどいろんなものを抱えている彼女の荷物を少しでも俺に分けてくれますように。そんなことを願いながら手を繋いで歩いたこの道。彼女と仕事で関わった沢山の人たちからあらゆるSNSで「みぃちゃんを応援してる。頑張って欲しい」というメッセージが届いたのはもう少し先の話だった。


この夜を燃やしてしまえ、


(ん〜)

(あ!だめ!寝たらダメだって!起きて!!!)

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