プライベート7

□空が泣いた日
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「・・いける?大丈夫?」

玄関で紫耀くんに両肩を持たれて顔を覗き込まれる。朝から彼にこの言葉を言われたのはもう何回目になるのだろうか。その度に大丈夫ありがとうと同じ言葉を返すけれどもなぜか彼もまたなんとも言えない同じ顔で笑うのだ。きっと最後の確認をしてくれたのだろう。もう靴も履いて行ってきますと言うとまた言われたこの言葉に私もまたあの言葉を呪文のように言う。けれども今度はじーっと黙って見られて。そして腕を引っ張られて強く抱きしめられた。

「わ、びっくりした」

「あー、やっぱ俺今日の予定変更しようかな」

「え?」

「その顔のみぃちゃん1人にさせるのマジで無理」

「だーめ」

「・・・」

「約束したでしょ?これから紫耀くんの仕事や予定を私で変更することは絶対にしないでって」

「・・・ん」

「大丈夫、これまでだって乗り越えてきたんだから」

そう言って彼の腕から離れて笑ったのになぜか紫耀くんはぐしゃりと顔を歪めた。ああきっと私の笑顔が下手くそすぎたのかもしれない。彼をそんな顔にしてしまったことが申し訳なくて可愛いその頬にそっと手をのせる。

「そんな顔しないで」

「じゃあみぃちゃんもそんな顔しないでよ」

「、・・ふふ、どんな顔?」

「・・・俺と一緒の顔だよ」

紫耀くんにも色んな想いがあって。同じ場所から離れたとしても彼もついこないだまでいた場所で。そして私と同じその中の父のような存在だった人を尊敬していたから。だからきっと同じような顔をして同じような気持ちなんだと思う。けれども彼にはもう新しい居場所があって。しっかりそこを歩いて行ってほしいと素直に思うの。今はまだ振り返らずただ新しい道を歩いてほしいんだよ。だから今日は1人で、彼の誘いも断って私は1人で受け止めることにした。だってこれはまだこの屋号にいて。そしてここにいることにプライドも責任もある私が受け止めるものだから。

「帰りは迎えに行ってもいい?」

「大丈夫。ちゃんと帰れるよ?」

「ううん、迎えに行きたい」

「・・わかった、ありがとう」

「俺も仕事の合間に見る」

「ちゃんと今の仕事に集中してね?」

「うん、でも俺も受け止めたい」

「・・じゃあまた連絡するね」

「ん、待ってるよ」

「・・行ってきます」

「行ってらっしゃい」

最後にぎゅーっと抱きしめあってそして手を振りその扉を出てから視界が一気にぐにゃりと歪む。早い早い、まだこんなところでこんな気持ちになったら負けてしまう。ふーっと長く息を吐いて、そして、パチンと頬を叩き、そして憎いことで最近の中で1番の青い空を見上げる。うん、大丈夫。しっかり一歩一歩足を踏みしめてエントランスに出れば見慣れた車がもう停まっていた。きっと今私なんかが分かってない所でもとてつもなく忙しいであろう彼に我儘を言って送迎を頼んでしまった。

「ごめんね、おはよう」

「おはようございます」

私を見て眉を下げたのはすっかり私の専属の相棒にもなってきているマネージャー。でた、その顔。最近みんな私の顔見てその顔するじゃん。そう思って少し睨めば肩を上げてそして車をすぐに発進させてくれる。お互い言葉はいらなかった。いつもならすぐに世間話とかどうでもいい話をするのに2人ともただただ黙って車内を過ごした。見慣れたいつもの景色が全く違う景色に見えるのは私の気持ちが全然違うからだろうか。いつもは堂々と見上げる青空を恨むしく思うのはここ数ヶ月で環境が大きく変わりすぎたからだろうか。

(今の話が決まったこれからの方針です。そして全部の話を聞いてジャニーズという名前を残すかそれを無くすか、君たちの意見も聞いておきたい)

なんという残酷な質問なのだと思った。私の大好きな先輩から発される言葉は受け止めたくない言葉でもあって。話を聞いてるだけで涙が止まらなくなった私にそっとハンカチを渡してくれた井ノ原くんの目からは私と同じものが流れていた。きっとこの話を私たち所属タレントにすることだって辛いのに。心が痛くて仕方ないのに。それでもその覚悟を持って話してくれて、今全タレントの代わりに表に立って動いてくれている2人の先輩と私も一緒に戦いたいと思った。だからマネージャーに相談して私はこの場所で。私の居場所でその姿を最初から終わりまで見守ることに決めた。1人でそう決めたのに、それなのに、

「ここです、」

ああ、そういえばこんなこと今まで幾つもあったっけ。案内された一つの部屋に入ればそこにいたのは昨日も一緒にいた人たちで。その瞬間簡単に壊れる視界。

「みぃってほんまに学習せんなあ?なんで俺らに隠し事出来ると思ってんねん」

「っ、」

「ほら、準備万端やで。ここおいでや」

「みーんな待ってたで?」

「なんならお前が1番遅いぞ」

「・・俺らみんなで受け止めて戦うぞ」

きみくんの言葉に大きく頷いてみんなの真ん中に座り前に用意してくれた画面に目を向ける。私の部屋には気がつけば多くの事務所の人間もいて。そんな人たちにまた涙が溢れれば信ちゃんに頭を叩かれる。

「泣くのが早い」

そんな信ちゃんのツッコミの後にすぐに始まった会見。私からしたらただの地獄の時間だった。何度も何度も同じような質問がそこでは繰り広げられていた。それでも何度も何度もそれにまっすぐ答える先輩たち。大好きな東山さんから発される言葉は私の父のような彼を全て否定して私たちの思いは決してもう許されるものではないと、そう断定できる言葉ばかり並べられていた。その全てが私のこれまでの彼との記憶、思い出、彼からもらった愛情、技術、生きる全てを否定して壊していく。自分の宝物のような彼との素敵な思い出が一瞬にして崩れ落ちていくことがこんなにも悲惨で残酷な物だとは思いもしなかった。

(、うそだ、そんなわけないよ、なんでこんなに悪く言われないといけないの)

(ジャニーさんが?わたしに生きる希望をくれた人が?あんなにも子どもと同じ目線に立って一生懸命考えてくれた人を??)

(ねえどうして。この人たちみんな私たちと彼との思い出を聞いていつも笑ってくれてたのに。なんでこんなに一気に人を責められるの)

(本当にちゃんと調べたの?なんなの?この内容。ねえそれ本当に事実なの?)

(なんで大好きな先輩がこんなにも顔を歪めて心を痛めないといけないの?ねえなんで?どうしてこんなに2人が責められるの?)

(うそ、信じない、私のジャニーさんだもん、私のお父さん、尊敬するパパなのに、、!!!!)

出してはいけない言葉を必死に両手で押さえてそして心の中で何度も叫んだ。ぐっと握った拳からは血が出るんじゃないかって思うぐらい強く力をいれておかないと気がおかしくなりそうだった。今すぐここを飛び出してこの場所に行って叫んでしまいそうな衝動に駆られる。あなた達それちゃんとパパに聞いたの!?ジャニーさんが死んでから何を言い出してるの?死人に口なしなのに?どうして一気に攻めるの!?ねえなんでそんな言葉を2人にぶつけるの?2人が傷つかないとでも??2人がこの言葉に顔を歪めてるのにどうしてカメラで撮るの!!!楽しいの?これはただのイジメじゃないの?

「血でるで」

意識が戻ったのはたーくんが私の拳をそっと握ったから。彼の優しい声にポロリと溜まっていた涙が溢れる。

「野原みぃちゃんも身体の関係があったと!!一部の週刊誌で言われてますが!」

いきなり出てきた自分の名前に身体が石のように固まる。私の名前が出て井ノ原くんが顔をぐにゃりと歪めたのがわかる。ああなんで。どうしてそんなありもしない雑誌のことを事実も確認しないで。

「それは私が責任をもって否定させて頂きます。野原からそんな話は聞いたこともありません」

「一部ではみぃちゃんが他のジャニーズにも身体の関係をさせられてたとも!!!!」

「そちらに関しては一切事実無根です」

「そんなこと証明はできませんよね?!?」

「ええ、しかしそれならばあったという事実も証明できませんよね」

私のことで東山さんが一気に顔を険しくして厳しい言葉をかけたことでさらにマスコミがわっと大きな声を出してその仕草を否定した。そんな姿にもう我慢ができなく涙が止まらなくなって前が見えなくなる。気づけば強く隣にいたきみくんの胸の中に抱きしめられていた。そこから否定的に高圧的だと非難された東山さんは私のせいで頭を下げていた。今までの全てのジャニーさんとの思い出を訣別させたのであろう彼ら2人の先輩の姿は何度も胸が痛くて。こんな現実だれも望んでなくて。ついに声が出て涙が止まらなくなる。

「おい何してんだやめろ」

「どこの会社ですかあれ。誰すかあれ。自分のタレントあんなふうに名前出されて名誉毀損で訴えてやる」

「おい、お前が冷静でいなくてどうすんだ馬鹿」

大きな音が聞こえて振り返れば斎藤くんが涙を流して持っていた資料を思いっきり机の上に叩きつけてた。そんな彼に隣のチーフマネージャーが頭を叩いて。ああもう。だめだ。私がしっかりしないと。こんなとこで泣いてたらだめなんだ。

「、ごめ、大丈夫、」

「みぃ、もうええから一回顔洗ってこい」

「ううん大丈夫。斎藤くんもごめんね。私なら大丈夫」

後何回私は大丈夫だと繰り返して。そして後何回私の大丈夫に顔を歪める人を見るんだろう。けどここで私が涙を流してそしてきみくんの腕の中で聞こえないふりしたるわけにはいかない。私は前を見ないといけない。パパはもういないから。助けてくれない。けれどもパパが作ったここは、このグループだけは、何があっても守りたい。こんなとこで私は負けてられないから。

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