忍若

□下剋上等
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(あんたにそっくりだからですよ)

若の言葉が何度も頭を過る
確かに本当の自分は誰にも干渉されず、静かに心落ち着くまま本を読んで、気分転換にテニスで身体を動かせれば最高な1日だと思う
けれど社会にでればでたなりのルールというものもあるのだ
自由な一時は休日のみに当てはまるからこそ幸せと感じるもの
毎日なら感覚がマヒしてどこかの坊っちゃんみたいになってしまいそうで侑士はクスリと笑った

(あいつはあほや、憧れとるんは唯一自由が容される跡部にやろ)

侑士は眼鏡のブリッジをあげなおすとため息をついた

(ため息、)

なんで、と一瞬たじろいだ
そういえば人当たりよくしてるわりに、本命には好かれたことないな、と思う
だいたいいつもいいなと思う子は謙也や宍戸にもっていかれることが多いのだ
そして自分は都合よく告白してきた子の中で一番あいそよしな子を選ぶのだ
しかしだいたい思ってた感じと違ったと言われて終わるのが常でもあった
恋愛が永続きしない理由は自分にあるのか、と頭をかき回した時期もある
侑士の憂うつは部活開始時間までつづいた
嫌なことはテニスで発散する、といつもより早めに部室のドアを引いた

「早いですね」

ああ、そうか、こうなるのか、と侑士は肩を落とした

「着替えたら練習付き合ってくれませんか」

侑士は答えはNOや、といってレギュラールームに吸い込まれるように入っていった


翌日も、またその翌日も、断っても断っても、若は侑士に練習に付き合ってほしいと声をかけてきた

「自分もしつこいなぁ、恋愛ごっこならよそでやれ」

着替えた後もまだ残って待っていた若に追撃を与える言葉を投げつけた

「あんたがこうさせたくせに」
「なんやて」
「夢の中でまで振られるような経験ないでしょう」

カチンときた

「ほんまにすきなんやったらな、もっと上手く誘ってみぃや」

若がほっとしたような顔をしたので侑士は意表をつかれた

「あんたといると疲れます」

それはこっちの台詞やといいかけてやめた

「俺は努力しますから、利用でもいい、俺を頼りにして下さい」

意味が解らなかったのでぽかんとしていたと思う
そして若はうつむき顔を真っ赤にして立ち尽くしているので、自分が今どういう状況にいるのか益々わからなくなった
それでも長いまつげがきれいにそろっているのが見えた
告白してくる女の子たちと変わらない愛くるしさがあった

「お前、それわざとか、」
「は?」
「いやもうええわ、とりあえずあきらめてくれへん、」

若は黙ったまま首を振る
無性に腹が立って若の両腕を掴み上げて壁に押し付けた

「んっ」

少し強引だったせいで若は唇を固く閉ざした

「むりせんとき、ふるえとるで、付き合うってこういうことするってことやし」

侑士は若の太ももを割って足を入れた
いつの間にかどんどん息をあらげていく若と夢中になってキスをしていた
深まるにつれジャージを引っ張る力も強くなる

「わかったやろ、俺はこういう人間」

本気でいってるんですか、と息を荒げながら問う若に嫌味な作り笑いを浮かべ、残念やったな、と両腕を離してやった

「スッキリしたやろ」

背を向けてラケットを取り若の顔を見ずに部室をでた
正確には見れずにだったように思う
若もきっと思ってたのと違ったと思っているだろう
コートに出かけると、準備中だった一年が騒つきだしたので壁うちするわ、とコートをはなれた
しばらく力一杯ボールを叩き上げるようにうち続けた
「ないてるのかと思いました」

性懲りもなく若が立っていた

「なんや、まだ用事あるんか、」

若は黙って隣で壁うちを始めた
ボールの跳ねる音だけが空間を支配する

「あきれてるんですよっ」

若はほとばしる汗を拭った

「あんたしかいないって言ったじゃないですか、俺に構うやつなんて」

責任とれ、馬鹿、と言われ侑士は笑ってしまった

「なんで俺がないとると思ったん、」
「いつも最後には独りだから、」

似てるなと思って、と言う若に一緒にすな、と滴る汗を振り切った

「これからはいつも最後には俺のところに帰ってくればいい、それだけのことなんだってなんでおもえないんてすか、」
「なんやそれ、振られるん前提か」
「だってあんたは欲しいもの本気で取りにいったことないでしょう、」

いつもての届く範囲からしか選ばない、とズバリいいあてられて観念した

「お前、よう観察しとるやん、むかつくな」

かくして侑士は若の断言したとおり、若の申し出を受けることになった

「なあ、自分、いっつもでかい口叩くくせに、ちょっとやらしい感じになったらすぐ真っ赤になるな、」
「うるさいですよ、人の話、全然きいてないんですね」

経験値の差なんですからしかたないでしょう、と憎まれ口を叩く唇を親指で優しくなぞってからキスをした
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