忍若

□死神の蝋燭
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最初こそ取り付く島もないほど若と侑士の距離は開いていたが、侑士があまりに毎日やってきては真剣に若と向き合おうとするので、若は根負けしてしまったらしく、今日の訪問も体調は悪くなる一方だったが快く受け入れた

「こんにちは」

若の落ち着き払った挨拶とは別に、侑士は少しいつもと様子が違った。

「今日はええことがあるねん」
「いいこと?なんですか?」

死神は相変わらず枕元で足を崩してふんぞり返っているが構わなかった。
してやったりという気持ちで侑士はポケットに忍ばせておいた白い妙薬をとりだし、すぐそばにいた母親にお水を、と用意させた。
侑士は出し抜いたつもりで死神を見たが、死神は相変わらずにやにやしながら腰を上げた。
成功した、と思った
しかし、若が薬を服用するなり、ごぅと強い風が舞い込んできた。
木の葉交じりに吹き込む風に若も侑士も目を閉じた

「ようこそ命の祠へ」

風がやみ、恐る恐る目を開けるとそこは薄暗い大きな洞窟で周囲360度すべてに無数の蝋燭が所狭しとびっしり突き立っていた。

「ここは、」

幻でも見ているような気がしてなんとなく若と侑士は手をつないだ。
しっかり感覚はある。

「ここはてめぇら人間どもの命を管理している祠だ」
通常死神しか出入りできない、と言いながら細長い蝋燭を一本大事そうに持った
決して長い蝋燭ではないが短くもない。

「日吉若、これはテメェの命の蝋燭だ」

細くともゆらゆらと元気に炎を揺らす蝋燭を見て侑士は安堵した。
作戦は成功したのだ。

「そしてここにあるこれは、つい今しがたまで若、テメェの命の灯火だったものだ」

死神が指したそこには形無く崩れ、炎の揺らめきは僅かな風にでもかき消されてしまいそうに青みがかっていた。

「今はもう忍足侑士のものだがな」

死神が嘲笑うと同時に、がくりと侑士は膝をついて崩れ落ちてしまった。

「忍足先生!」
「おとなしく俺様の言うことを聞いておけばよいものを、妙な気を起こすから契約は破棄された」
「契約、」
「そうだ、俺はこいつのおやじに頼まれていたのさ、命と引き換えにこいつを金持ちの医者にしてやってくれとな、だがそれもこいつの命が果てるまでの間のこと。もうわかっているだろうが、契約は終わりってわけだ」

死神はそういうと弱弱しく揺らめく焔にふっと息をかけた



黒づくめの恰好の人だかりの中、若は棺の中でカサブランカに埋められるように眠る侑士の顔を覗き込んでいた。
手に持った花をそっと胸元におく。

「なんて安らかな顔をしてるんですか」

若はその穏やかな顔つきに思わずぼやいた。

「あなたが毎日やってくるようになったせいで、僕は死ぬ前にもう一度桜並木の下を歩きたいとおもっていたんですよ」

あなたとともに。

そういうとあの時祠にいた死神がふと若の隣に立った。

「侑士との契約だ。貴様が幸せになれるよう見守ろう」

若は一滴の涙を流した。
あなたにもらったこの命を僕はどう生き抜けばいいんですか
あなたのいないこの世界で。

「幸せってなんですか」
「さぁな」
「生き返らせることはできないんですか」
「できない」

若は一人桜の花びらの舞い散る道を歩いた。

もう少し長くあなたと過ごしたかった、と願いながら。
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