忍若
□舞い、散る、命
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「おい、若、てめぇ、今、死んでたぜ」
先だって無法者とのいさかいを仲裁に入った折り、若は迂闊にも敵に背後をとられかけた。
そこを助けたのが跡部隊長だった。
きれいな顔にどす黒い血しぶきがかかったのをぺろりと舐めながら血に飢えた獣のような冷酷な瞳で哂われたのをよく覚えている。
氷帝組に志願したときから彼の背中を追ってきた。
一番隊の中でも一際異彩を放つ彼の存在感にはどんな所業も許されるような圧力があった。
そんな彼を斬ろうといううわさがまことしやかにささやかれ始めたのは二日ほど前からだ。
わが耳を疑い、志士達に一目置かれる話し上手の忍足に事の真相をといただっしてみれば、彼は人のよい顔で二コリを笑い、そんなこと誰ができるねん、と腹を抱えた。
彼は聞き上手話し上手だがその分嘘吐きでもある。 若はらちが明かないといらいらしていた。
そんな折、長太郎がうっかり口をすべらせたのだ。 慌ててごまかそうとしてももう遅い。
この友人は先の人と違って嘘が下手だ。
しかし若の耳に入るほどの噂になっていることを思えば、跡部の耳に入っていないはずはない。
若は長太郎の胸倉を一掴みにして次の密会に自分も同席させるよう約束させた。
(跡部さんを斬る…)
命の恩人でもある人である。
若の胸騒ぎは夜が更けても一向に消えることがなかった。
密会の日は待てど待てど一向に訪れなかった。
気にしているせいで長く感じるのかとも思えたが、噂話はもう誰の口からも消えていた。
「今日、花街の茶所にて我らが宿敵である浪士たちの集まりがあるという。数にして二十数名。腕の立つ剣客もそろっていると聞く。1番隊、2番隊、3番隊、総力を持ってあたってもらいたい」
滝は鉢巻を額にあてがうときゅっと力を込めて締めた。
出立の太鼓がどどんとなると志士たちはかすり足で目的の茶屋へと足を運んだ。
「氷帝組だ。座敷を明け渡してもらう」
お客がいるってのに困るとさえぎる店主を跳ね除けわれが先にと階段をかけあがる跡部の後をついて上がった。
嫌な予感がしたからだ。 しかし若の予感ははずれた。
浪士たちは見るも無残に蹴散らかされ、返り血を浴びて浅葱色の羽織が真っ黒に淀んだ跡部の姿を見、寒気すら覚えた。
何も感じない瞳。
これだけの数の人間を切り捨て、それでもなお揺らぎない凍った刃のような視線。
若は悟ってしまった。
(あなたはなんて馬鹿なんだ)
そして見事に一件落着した後には跡部の好む酒盛りが始まった。
「ごくろうさんやったな」
忍足が跡部の杯に酒を酌む。
「珍しいこともあるもんじゃねえの」
明日はあられでも降るんじゃねえの、と上機嫌の跡部は杯を豪快にのど元へ流し込んだ。
「今日も景気よう立ち回ってくれたらしいからな」
「あん、あんな野郎共、刀のさびにもならねえ」
俺も、と跡部の杯に滝がまた酒を注ぐ。
宍戸はすでにどんちゃん騒ぎから抜け出し、夜風に心身を統一していた。
その横にそっと長太郎も立った。
「いよいよですか」
二人は静かに振り返った。若の目には怒りとはまた違う何か自分でも釈然としない感情がにじみでていた