忍若

□幸せのありか
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「ただ、十分知っとるやろうけど、俺、女好きやし、彼女つくるで」

それでもよければ、としれっとした顔で言う侑士の顔は挑戦的で、若の心を尚さら刺激した

宣言通り侑士は堂々と浮気を繰り返し、若はその度、唇を噛んだ
侑士の選ぶ相手はことごとく、若とは正反対の性格をした美人だった
あてつけのように痕跡を残すその態度に拳を握り締めることもあったが、それでも侑士は最後には必ず若の元に帰ってきた
その意味するところがなんなのか、若はずっと見極められないでいた

ある日、深夜にやってきた侑士から聞かされた言葉は、俺、結婚するわ、だった
ぽかんとしたまま突っ立つ若に、玄関口で、政略結婚てやつ、と煙草に火を灯しながら平然と話し続ける

「まだ続ける、」

侑士の試すような視線の先には青ざめ、生唾を飲み込むのがやっとの若がいた
そうして若と侑士のおかしなつきあいはもう3年になろうとしている
この間、侑士は若を一度もだかなかった
ほんの少し、触れることさえなかった
好きだと言われたことも、一緒に出掛けたこともない
会うのはいつも平日の仕事終わりの僅かな時間だけで、若の部屋で一休みして帰宅するようなそんなとても恋人と言える位置にいるとは言わせてもらえないような間柄だったと思う
当然といえば当然なので、若も求めなかった
求められなかった
拒否される怖さと失う恐ろしさに、手を延ばすことはどうしてもできなかった


「すみません」

若は足を伸ばしてリラックスした姿勢のまま、車窓をぼんやり眺めていたのに気付き、慌てて足を引いた
向かいには身重の若い女性が腰を降ろした
老婆はにこやかに笑い、女性に何ヵ月、と尋ねた
臨月です、と気恥ずかしそうに答える女性の顔を見て、若は思わず目を背けた
そのあとも二人の会話は続く
生まれてくるのは男の子で、今は未だ名前を考えているところだの、たのしみねぇと話す会話が若の心臓に鉄槌を打つ
居たたまれない気分だった若は下車駅が近づくと、即座に席を立った

(幸福なひとは無神経だ)

若は目頭が熱くなるのを感じて、ドアが開くと同時にかけおりた

思い知らされている
自分の愚かさを
路を外れた自分は今、糾弾されているのだ

貴方はなぜ、俺を拾ったんですか
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