忍若

□こどもの扱い方
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「勘弁してや…」

 侑士はブローしたての髪を両手でぱっくりわけながら、正面の鏡に映る自分の姿を見て嘆いた。
 頭皮がくっきりラインとなって浮き出た分け目には艶のある黒髪に紛れ一本の白髪が見えている。
 侑士はその一本をつまんみとった。

「…先っぽ黒いやん…」

 それはつまるところ、ごくごく最近、黒髪から白髪へと変化したということを表している。
 侑士はがっくりしながらさらなる白髪を探した。

「うわ…ここも、…ここにもや…」

 シャワーを浴びてすっきりしたはずの身体に変な汗をかいてくる。
 この若さにしてすでに白髪染めのお世話にならなければならない日を思えば、盛大なため息が漏れるのも仕方がないだろう。
 侑士の家系は、代々軽いうねりこそあるものの、真っ黒な艶髪が自慢で、どちらかと言えば毛量の多いほうだ。
 少なくとも侑士の知る親戚に真っ白な白髪頭の叔父叔母や、いわゆるハゲた親類はいない。
 しかし原因には心当たりがあった。
 日吉若、この春にテニス部に入部してた、他の後輩とはまた違った意味あいで個性を発する後輩である。
 侑士はこれまで若の生意気さ加減を子供扱いしつつ、他の進入部員と分け隔てなく可愛いがってきた。
 それを若がどう捉えたかはしらないが、最近になってそんな親しみやすいよい先輩であろうはずの侑士に対して、随分な反発を繰り返してはつっかかり始めたのだ。
 侑士はほとほと手を焼き、ナメられとるんやろか、と宍戸にこぼした。
 宍戸には、お前には特に懐いてないな、と笑われ、反抗期なんだろ、と侑士の肩を慰めるように叩かれた。

(反抗期…)

 侑士は洗面所を出ると、カーテンを引いたままの自室のドアを開いた。
 今、その反抗期真っ盛りの問題児は、侑士のへやの侑士のお気に入りのベッドの上で、侑士のスウェットスーツを着て横たわっているのである。
 侑士はげんなりして前髪をくしゃくしゃ掻き回した。
 嫌われていることを思慮に入れ、しばらく関わらないよう放って置いた結果がこれである。

「忍足さん、最近おれのこと無視してるでしょう」

 そういってツカツカ上がり込んで来たのが一時間ほど前。
 若は侑士がア然としている間に、いっそ潔よすぎるくらいの勢いで侑士のシャツをぬがせ、ぱちくりする侑士の肩を押した。

「うち、こうゆうことに厳しいんで、最後まで付き合うのは俺を養えるくらいになってからにしてください」

 それから後のことはあまり思い出したくない。
 侑士はフローリングの床に敷いたグレーのラグの上に、ヘナヘナと腰をおろした。

(寝顔天使言うんはコイツのためにある言葉やな)

 侑士は遠目に眺めながらそう思った。
 スースー心地良さそうに眠る若の長い前髪は乱れ、あらわになった額にはまだ汗が滲んでいた。


 いつの間に眠ってしまったのか、気がつくと時計の針は深夜1時をさしており、若の姿はもうなかった。

(なんやったんやアイツ…意味わからん)

 嫌がらせにしては相当質が悪い。
 揺すりのネタにでもするつもりなのなら、自分がしたことも当然知れるわけなのだから、他人に話せるようなものとは思えない。
 侑士には若の意図するところが解らず、今度の対処法を考え、その後眠りにつけることはなかった。

 翌朝、ロッカールームの出入口でばったり顔を合わせた若は、まったくいつもと変わらず、つんとすました顔で、夕べはよく眠れましたか、と憎たらしいほどの余裕をかまして、言葉を交わしてきた。
 侑士は、おかげさんで、と素っ気なく答えたが、若はそれはよかったですね、と意味深に笑ってコートへ向かって行った。

(一回シメとかなアカンやろか、)

 侑士は悪戯の過ぎる子供を少し懲らしめることにした。

「ちょい待ち」

 振り返る若に、侑士はスラックスのポケットからカードを一枚取り出し、若の目の前に差し出した。

「フリーパス」

 若の目は一瞬白黒し、いりませんよ、と突き返すのを無視し、残念やけどこっからは正レギュラーしか入れんし、と肩越しに見下した。
 ギリと歯を噛み締め、睨みつける若は、侑士のよく知る若だった。
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