蓮仁蓮
□君、輝かしく
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渡り廊下からグラウンドを見ると、気持ちのいい青空が広がっていた。
(これでもうちょい暖かかったらのぅ)
仁王はいつも通り、両手をポケットにつっこみ、ペタリパタリと上履きの音を響かせ保健室へと歩いた。
下級生が大声を上げてふざけて暴れているのもいつものことだった。
すれ違う女生徒が仁王を振り返りきゃいきゃいと騒ぐのも、向いから生徒会室へむかう柳が、日の光を受けて緑がかった黒髪をサラリサラリと揺らしながら現れるのもまた、いつものことだった。
目が合い、柳が少し微笑い。
いつもと同じだったのはそれまでだった。
喧騒を引き裂く高音に身がすくんだ。
目の前でスパンコールのようにキラキラと光り輝きながら弾け飛ぶ硝子片。
それは柳の頭の上からまるでスローモーションのように降り注いだ。
柳は驚いて見開いた眼を二、三度瞬かせ、ゆっくりと俯き、両手で顔を覆いながらその場に屈み込んだ。
「柳!」
仁王が慌てて駆け寄った足元に、窓硝子を打ち破って飛び込んだ軟式の野球ボールがコロコロと転がってきた。
仁王はそれを掴むと、外を睨みつけた。
ふざけて遊んでいた男子生徒三人が茫然自失といった様子で立ち尽くしている。
仁王は柳の肩を掴み、もう一度声をかけた。
「柳、大丈夫か」
柳は返事をしなかった。
両目を覆う柳の腕を掴んでそっと外させ、顔を伺った。
睫毛が上下している。
どこも血のにじんでいるようには見えなかった。
ただ、元々白い柳の肌はさらに青白く、真一文字に結ばれた唇の両端にはしっかりと力が入っているようだった。
「柳」
仁王が三度目に呼び掛けてようやく、柳は顔をあげた。
柳が言葉を発するより先に、騒ぎを聞き付けた教師たちがかけつけてきた。
教師たちは仁王を柳から引き離すと、柳を取り囲み、野次馬を払いながら保健室へと連れて行ってしまった。
仁王はその後ろ姿をじっと見送ることしかできなかった。
「なんじゃ、あの顔、」
柳のことがあって保健室には立ち入れなかった。
仁王は昼寝の場所を失い、仕方なく代わりに部室へと足を運んだものの、柳の状態が気掛かりで眠れるはずもなく、横になっていたソファから身を起こした。
不幸にして起こった事故の残像は仁王の脳裏に鮮明に残っていた。
不謹慎だとは思うが、その光景は美しかったのだ。
「誰かいるのか」
鍵がかかっているはずの部室の戸が開いているのを不信に思いながら入ってきたのはテニス部の顧問だった。
仁王じゃないか、と勝手に鍵を持ち出して入り込んだことを詰るその脇に、肩を抱かれて柳が立っていた。
「さっき居合わせたの、お前だったんだろう?事情は飲み込めているな」
仁王は素直に頷きながらも、何かおかしな雰囲気を悟り、柳の様子をうかがっていた。
柳は一度も仁王を見ないまま顧問に促され、パイプイスについた。
「どうも目に異常があるようだから、病院に連れていく」
車を回してくるから見ていてやれ、と出ていった顧問の言葉を、仁王はもう聞いていなかった。
「みえんの」
「痛いわけじゃないから、一時的なものだと思う」
にわかに信じがたいことだった。
仁王は柳との間にある机にのしあがり、柳の前に胡座をかいて座った。
「すぐ見えるようになる」
「ふうん」
背筋を伸ばし、いつもと変わらず澄まし顔でいる柳を見ていると、一時的とはいえ視力を失っている、しかもつい今しがた喪失したばかりの人間にはとても見えなかった。
「怖ないの」
柳はふふと静かに笑って、さすがに事故直後は驚いたし、怖かったなと答えた。
「暗い?」
柳は膝に置いていた両手を上げ、質問ばかりする仁王のスラックスの裾に触れた。
そしてその指先がスラックスのラインをたどり、仁王の膝まで進むと、柳は手の平をのせ、立ち上がった。
「窓辺に」
仁王は机から降りると、柳の両手を引いてゆっくり歩いた。
窓枠が額縁のように見えるほどに澄み渡る青空を、柳は今、見ることが出来ない。
「窓の方を向いて、目を閉じて」
仁王は日の差し込む窓辺に柳と並んで立つと言われるままに目を閉じた。
眩しいだろう、そういう柳の言うとおり、目を閉じていても陽の光はまぶたの裏まで明るく照らした。
繋ぎっぱなしにしておいた柳の指先が離れようと動いたので、しっかり絡め直した。