蓮仁蓮
□死神よ、こんにちは
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「お前は多重人格者か何かなのか」
バルコニーで一人夜風に当たり、煙草をふかす仁王の側に蓮二はやって来た。
「…人に囲まれんのに慣れとらんきに」
すまんかったの、と仁王は夜空にちりばめられた星々をながめたままぽつりと言う。
蓮二はその横顔をしばらく黙ってみつめていた。
誰しも憂いを帯びたような顔つきには興味引かれるものだろう。
暗闇の中でなびく銀髪と、淡く霞がかるような青白い顔つきに、次にかけるべき言葉が思い浮かばずにいると、ふいに背後から名前を呼ばれてしまった。
振り返った戸口には柳生が立っており、仁王と並ぶ蓮二を見つけると、普段の物腰柔らかな雰囲気を消し、代わりに幾分冷ややかな空気をまとった。
「わたくしはそろそろお暇しますが、柳くんはどうなさいますか、」
仁王も体ごと向きを変え、手摺りに煙草を擦りつけると、ゆっくりと柳生の視線に応じた。
温度を下げていくような仁王の部屋には、いくつかの種類のパズルがそこかしこに散らばっていて、どれも未完成だった。
まだ定位置に収まっていないピースが床にまで散らばり、きっとそれらはもう彼の細長い指に触れられることも無いのだろうと感じられる。
難題に好んで挑むタイプではあるが、若干飽き性なのかもしれないな、などと眺めながら、ピースを踏まぬよう、避けて歩いた。
「先程はどうも失礼致しました、仕事の話となるとどうもでしゃばり過ぎてしまうようで、申し訳ありません」
柳生が最後まで言い終える前に蓮二は交差していた柳生と仁王の視界をふさいでいた。
「玄関口まで見送ろう」
「まだ彼とお話が?」
責められている、そう十分に感じとれる言い様だった。
蓮二は柳生の目を直視することが出来ず、よく似合っているな、とネクタイを褒めた。
そんな柳生とのやり取りは、仁王の興味関心をそそるらしく、背中からでも凝視されているのが十分感じ取れた。
「ではお先に」
柳生は珍しく蓮二の口元にキスをした。
人前でわきまえないのを良しとしない彼にはありえないような行為で、蓮二は咄嗟に柳生の両肩を押しのけた。
照明の反射で柳生の眼鏡の奥の瞳は見えなかった。
柳生は肩に張り付いたように離せなくなってしまった蓮二の両手にその掌を重ね、耳元に口を寄せると、静かに、そして穏やかに囁いた。
「彼と話すときの貴方の話しぶりと、貴方の表情は、私にとってはあまり好ましいものではありませんね」
柳生は得意の品のよい作り笑顔を蓮二に向け、その反応を窺い、気の利いた返事もできず立ち尽くす蓮二に、冗談ですよ、と嘲笑った。
蓮二はそれまで柳生を愛していると思っていた。
彼ほど有能で誠実な人間は居ないだろう。
それは幸村も認めている。
けれども確かに愛していたならば、今きっとこの瞬間、何らかの感情をかき乱されておかしくないはずなのだ。
しかし蓮二の心はひどく凪いでいて、その瞳には柳生をしっかりととらえることが出来ていた。
すっと離れ、部屋をでていった柳生の背中を虚しく見送った。
ドアは恐ろしくゆっくりとの閉まり、蓮二は気づいた。
(柳生…)
背後で終始黙ったままことの成り行きを見ていた仁王を振り返ると、仁王は言った。
「あいつのしゃべり方は好かん」
蓮二は柳生の後を追った。
「柳生」
階段を駆け降り、玄関前のフロアで柳生の腕を掴んで前に回りこむと、蓮二は意を決して言った。
「俺はあいつと話すときの俺の全てが、すきだ」
それは蓮二にとっては思いがけず飛び出した意志表示だったのだけれど、柳生はわかっていたとばかりに無表情で返した。
「いい関係が築けているものと思っていました、残念です」
そこにはなんの感情も感じとれず、蓮二は苦いものを感じた。
彼もきっと同じだったのだ。
パズルは型と絵柄が合わなければ意味が無い。
柳生とはお互いにとって都合のいい関係の相手としてめぐり合っていた。
利用しあう言い訳として愛し合っていると、取り決めてしまっていた。
暗黙のうちに。
スルリと離れていく柳生の腕を引き止めず、カチャリと閉まるドアの音だけを耳にし、なお動けず立ち尽くしていると、二階からゆっくりと仁王がけだるそうに降りてきた。