蓮仁蓮

□死神よ、こんにちは
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 仁王は幸村の行くところすべてにまとわりつくようについてきた。
 会社にも、重役会議にも、幸村の友人という紹介だけで問題なく通された。
 柳生は会議室に幸村とともに入ってきた仁王を見て驚いた。

 「これはこれは、昨夜はどうも。…どうして貴方が重役会議に?」
 「柳生、いいんだ、気にしないで会議を始めてくれ」

 柳生は事情を説明されることなく大事な会議に得体の知れない男を同席させることに対して不信感を抱いた。

 「彼に隠すことは何もないから心配しなくていい」

 決議は半ば強引に始められた。

 「今日の議題は跡部財閥との合併についてだったな」

 幸村は手元の資料を机の向こうへスルリと手放すと、たった一言放った

 「この件は断る」

 どよめく重役たちの中で柳生は動揺を隠しながら、その真意を測ろうと幸村をみていた。

 「これはもう決定事項だ。これまでこの話を苦労して推し進めてきた柳生たちには悪いけど、合併はしない」

 あちらさんとは会社方針が合わない、そう言って目をぎらつかせた。
 静まり返る会議室の雰囲気に一人そぐわず、仁王は長机におかれたクッキーをぽりぽりと食べて眺めていた。
 あっけにとられる面々の中、柳生はホコンと咳払いをし、しかし、と意義を述べ始めた。

 「これはずっと以前から議論し、すでに合併する方向で先方とのお話進んでいました…」

 われわれにとっても実に都合のいい条件で話を持ちかけてきていますし、と幸村が手放した資料を拾い、その目前に広げてみせた。
 柳生には突然手のひらを返すように合併話を一蹴する判断をした幸村の真意が、どうしても理解できない。
 今更白紙に戻すことは出来ませんと食い下がる柳生を幸村は一瞥し、俺がしないと言ったらしないんだ、とだけ言って席を立った。
 仁王も幸村が席を立ったのを追うように立ち上がると、隣の役員の皿に盛られたクッキーまでつまんで、これ、美味いのう、と言い残して出て行った。
 柳生は二人が部屋を出た後、ギリと奥歯をかみ締めた。

 幸村が突然意向を覆した理由は何か。
 柳生には突然現れ、こんな会議にまで出席できる仁王が関わっているとしか思えなかった。

 「誰なんです、貴方は」


 「散歩でもしてきたらどうだい。こんなところにいたって人間界の楽しみは体験できないよ」

 幾分いらいらとした様子で幸村は興味の引かれるままにうろつく仁王に声をかけた。

 「ほら、これ、使い方はわかる?」

 幸村は紙幣を数枚渡すと、少しくらい一人にしてくれとソファに沈み込んだ。

 紙幣を受け取った仁王が行き着いた場所は蓮二の会計事務所だった。
 昼休みを終え社に戻った蓮二は丁度ロビーでその姿を見つけた。

 「お前、こんなところで何してる」
 「お前さんに会いに」

 俺に、と訝しむ蓮二に仁王はこの間はすまんかったと詫びた。
 蓮二は同じように昼食から続々と戻ってくる仲間たちの視線に気づき、自分のオフィスへ仁王を連れ込んだ。
 仁王のきつく脱色した髪は生真面目な人間の多い社内では目立ちすぎていた。

 「それで、何か用か」
 「別に。ただ会いたかったから来ただけじゃ、いけんかった?」

 悪びれた風もなく小首をかしげる仁王に、蓮二は心底困惑した。
 悪ふざけはよせ、ときつめに返し、追い返そうとしたとき、仁王は言った。

 「ほかに友達おらんし」
 「俺とお前が友達だと?」
 「お前さんだって俺に会いたかったじゃろう、こないだは俺とすごい話したそうだった」

 仁王は蓮二のぽかんと開いた唇を人差し指でとんとんとたたいてみせた

「違ったかのう」

 蓮二はおかしくなって吹き出した。

 「ああ、そうだな、確かにそうだった。だが今から俺は仕事がある、用が無いならとっとと帰ってくれ」

 蓮二はそう言うと仁王の体を反転させ、ドアの向こうへ押し出した。

 「何でも屋の仕事はどうしたんだ。今日は休みか?それとも毎日が休みなのか」
 「今は休暇中ナリ」

 嫌味をもろともしない仁王に蓮二はクスリと笑った

 「今夜、精市のうちに行く。お前も来ればいい」
 「心配せんでも、幸村のうちに泊まっちょる」
 「なんだって?」

 蓮二は驚愕した。
 幸村はよほど親しい人間でなければ自宅にとめたりしない人間だ。
 幸村がそれほどまでに親しい人間を、蓮二は自分のほかにもう一人、もう何年も顔を合わせていない友人真田弦一郎以外に知らない。

 (仁王雅治…お前は一体何者なんだ…)
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