蓮仁蓮
□死神よ、こんにちは
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しかしまるでそんな幸村の心を見透かした死神が、いたずらを仕掛けてきたのかのように、足音は近づいてきた。
「柳様、柳生様がご到着なさいました」
ふすまはすっと開き、そこには蓮二と柳生が並んで立っていた。
「遅くなってすまない」
蓮二が一言侘びを述べ事情を説明しようとすると、柳生が私がお話しましょう、と口を挟んだ。
「こちらへ向かう途中で…」
「産気づいた妊婦さんでもいたんスか?」
切原の投げやりな捨て台詞は、二人が時間通りやってきてくれていれば叱られなかったのに、そう思っての八つ当たりだったが、空気を読ませるには十分すぎるヒントでもあった。
「…そんなところです」
柳生は眼鏡を中指でくいと上げなおすと、そのまま口をつぐんだ。
どことなく空々しい空気の漂うのを察した蓮二は幸村のほうを見た。
「精市、せっかくの席に遅刻してしまって悪かったな。ずいぶん豪勢じゃないか」
「…いや」
蓮二は目を合わせることなく箸をすすめる幸村の様子が気にかかったものの、空いている幸村の隣りに座った。
当たり前のように彼のために用意された席である。
そして久しく一同に集った面々を見て驚いた。
「お前は昼間の…」
仁王を見てまるで顔見知りのように声をかける蓮二に幸村は顔を引き攣らせた。
「どうしてお前がここにいるんだ」
仁王が黙ったまま答えようとしないので、蓮二は覚えていないのか、と昼間のことを話した。
向かいに座った柳生は蓮二と仁王の顔を交互に見やりながら、二人のやり取りを見守っていたが、あまり快くは思っていないようだった。
幸村も知らぬ顔をしつつも神経はすべて会話の内容に集中していた。
蓮二が死神と。
そう思っただけで食事を喉の奥へ通すことが難しかった。
仁王は蓮二の話に肩を少しあげただけで、箸が使えないと手づかみで料理を口に放り込んだ。
蓮二は仁王のあまりに素っ気ない態度に、眉を顰め、小さなため息をつくと、昼間はもっと感じのいい奴だった、と視線を仁王から外した。
「もういい」
幸村が箸を置いたのを最後に会話は途切れた。
もはや食卓を囲む雰囲気は和やかなものではなくなっている。
「仁王、少し二人で話そうか」
幸村は仁王を連れて部屋を後にした。
「どういうこと、蓮二と会ってるなんて」
「俺じゃない、俺がこの体を入れ物にするまでに、この体の持ち主が会ってたんじゃろ」
仁王は幸村の憤りをまったく無視し、誰も自分が人間じゃないなんて気づいていなかったことに満足し、喜々として窓ガラスに映る自分の姿を見ていた。
「約束しろ、俺の家族や、大切な友人を巻き込むようなことはしないと」
「おいおい、主導権を握ろうって?」
「当然だろう。俺はお前の秘密を知ってるんだから」
秘密、と目を丸くする仁王に幸村は言った
「別にお前が死神だと言ってやってもよかったんだ。誰もいなくなってただろうね」
仁王はにぃと口許をつりあげると、勘違いしなさんなとせせら笑った。
「俺はいつでもこの休暇を終了させることが出来る。たった今、この瞬間にでも」
仁王の光の宿らないうす暗い瞳の奥に潜む凶悪な悪魔が、幸村の胸に見えないナイフを突きつけている、そんな気がした。
「契約を、してくれ」
俺はお前の正体を隠し、決して誰かに漏らしたりしない。
だからお前は俺の大切な人たちに手を出さない。
この約束を守ってくれるなら、お前の気の済むまでガイドを務める。
それが幸村が死神に求めた契約だった。