蓮仁蓮
□死神よ、こんにちは
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「あれ?どうかしたんっすか?」
あらかじめ予約しておいた割烹に少し遅れて到着すると、部下の切原が幸村の顔色の悪さにいち早く気づいた。
時々妙に勘のいいところがあるのがこの切原の特徴だ。
少し疲れているだけだ、そう言って切原の髪をクシャリとなでると、女将に挨拶し、座敷へ上がった。
畳の間にはすでに豪勢な料理が用意されており、先に席についていたジャッカルがよお、と手を上げた。
「蓮二は」
今は誰よりも蓮二に会いたかった。
指先は今だ氷のように冷たく強張っている。
先ほど自身に起こったことがすべて悪い夢だったのだと忘れてしまいたかった。
そうさせてくれるのは蓮二と過す時間以外にないと言いきれる。
「なんかちょっと遅れるみたいっすよ」
切原は目の前に並んだ料理を凝視しながら柳生先輩と一緒なんじゃないっすかと付け加えた。
静かに目を閉じると、少し心が静まる気がする。
つまみ食いしようとする切原に、蓮二が来るまで箸をつけるんじゃないよと睨みを利かすと、切原は慌てて背筋をのばし、元気よくハイと返事をした。
窓の外はもう完全に日が落ち、暗闇の中ライトアップされた若竹が美しい。
幸村がぼんやりしかけたそのとき、声はまた頭の中に鳴り響くように聞こえてきた。
((精市、入り口まで来てるんだ。中に入れてほしい))
幸村は窓の外を目を凝らして見た。
ライトの光は入り口までは届いていない。
((早く))
幸村は女将を呼び寄せた
「友人が入り口に来てるっていうから見てきてくれないか」
それきり膝の上で作った握りこぶしを凝視したまま俯く幸村に、切原は小首をかしげ、柳さんですかねと立ち上がりかけた。
幸村はぎょっとした。
「いかなくていい」
切原は突然怒鳴りだした幸村に驚き、不興をかった原因もわからず、助け舟を求め、ジャッカルのほうに目をやったが、当然、ジャッカルにもわかるはずがない。
二人顔を合わせ困惑した。
間もなく、女将がすっとふすまを開け、幸村に奥の間にお通ししましたと耳打ちした。
幸村は一言礼を言うと部屋を出た。
長い廊下を抜け、奥の座敷のふすまを開ける。
部屋の中には見知らぬ青年が座っていた。
「はじめまして?幸村精市、」
薄笑みを浮かべる青年の声はもう初めて聞く声だった。
「どこからどう見ても人間そのものじゃろう?」
死神の言うとおり、見た目には少々ルーズな気はすれども、人間の形状としてはとりわけおかしなところはどこにもない。
おかげで心は静かに落ち着いていられた。
「その体はどうしたんだ」
「必要じゃったし、のう?」
ニヤつく口元が気に入らない。
ふすまの向こうから食事はご一緒になさいますかと尋ねる声に、幸村より先に死神が答えた。
「ああ、そうするナリ」
幸村は何のつもりだとばかりにきつい視線を投げかけたが、死神はまったく気にも留めず、腰を上げた。
「うまいことやりんしゃいよ、お前さんの言うことなら誰も不審に思わん」
「させない」
「拒否権はないナリ」
すれ違い様に交わす会話は短く済まされ、死神はすっと女将の後ろについてとっとと歩いていってしまった。
「えっと…だれなんだ?」
今だしょげ返っている切原の代わりにジャッカルが質問を口にした。
そう聞かれても普段なら頭の利く幸村でさえ答えに詰まってしまう。
まさか真実を告げるわけにもいかない。
死神は無表情で幸村を見ていた。
「仁王…、仁王雅治だ、俺の…友人で」
「へぇ、俺はジャッカル。よろしくな、こっちは赤也だ」
「よろしくッスー」
幸村が神経をぴりぴりと張り詰めている中、ジャッカルは場を和ませようと話題を「仁王」にふった
「幸村とはどういう知り合いなんだ?結構付き合い長いのか?」
「いや、ついさっきあったばかりじゃ」
仁王は趣向を凝らした活け造りが気になるらしく、じろじろ眺めたり臭いをかいだり、とてもお行儀がいいとはいえない振る舞いだ。
ジャッカルにはおよそ幸村と親しくなるようなタイプの人間には見えなかった。
「田舎から出てきたばかりで、もの珍しいんだろ、いいからもう食おう」
割り箸を乱暴に割った幸村の真似をして、仁王もまた割り箸を割った。
「え、でもまだ柳さんが…」
幸村はこの場に蓮二を呼んでしまったことを激しく後悔した。
そして蓮二の遅刻が欠席に変わることを心から望んだ。