蓮仁蓮
□耳無し蓮二
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「蓮二。お前少しやつれたのではないか?」
ある日、食欲もなく覇気のない蓮二に気づいた真田は、蓮二を問いただしました。
蓮二は黙ってうつむいてしまい、答えようとしませんでした。
黙っていては解らん、俺に隠しごとをするのか、と強い口調で問い詰めると、蓮二は観念したように仁王とのことを話したのでした。
話を聴いていた真田は、このままでは蓮二の生気が吸い取られてしまうと説き伏せ、今夜仁王が現れても、一切口を利いてはならん、触れてはならん、ときつく言って聞かせました。
そしてその夜も、いつのもよう雅治はやってきては、いつものように蓮二の隣に座り、蓮二の声を待ちました。
けれど今日の蓮二は黙ってうつむき、固く口を閉ざしたまま、お経を読んではくれませんでした。
雅治はきょとんとして蓮二の横顔を見ていました。
最初こそ声も出ないほどに弱弱しかった雅治でしたが、今宵はすっかり声も出せるようになっており、今日は読んでくれんのか、と聞くことが出来きました。
蓮二はそれに驚き、うっかり返事をしそうになりましたが、口を利いてはならないときつく約束させられていたので、きゅっと唇を引き締めました。
雅治は蓮二の法衣の裾を引っ張り、蓮二、蓮二と呼び続けました
答えてやりたいのに出来ない蓮二は揺れるまつげを押し上げ、雅治のほうに目をやりました。
(申し訳ない、お前とはもう、話すことは出来ないんだ)
すまなそうにみつめる蓮二の眼差しに、雅治はすっと消えていったですが、次の夜もまた次の夜も、蓮二のところへやってきて読経をせがむのでした。
『今日は?今日は読んでくれるんか?』
蓮二は堪らなくなり、ついに約束を破ってしまいました。
「仁王、お前本当はもう解っているんだろう?お前のために読経してやることは、もう出来ないんだ」
それなのに、お前はどうしてやってくるんだ
苦しそうに告げると、雅治は漸く口を開いてくれた蓮二に喜び、顔を綻ばせました
『ほいじゃあ蓮二。蓮二はどうしてここに座っとってくれるんじゃ』
雅治の思わぬ質問に、蓮二は言葉に詰まりました。
(どうして?そんなのお前がやって来るからに決まっているじゃないか)
仕方なく?
違う。
どうせお経を読んでやらないのだし、話もしないのだから、雅治がやってこようと知らん顔で寝てしまえばいいことじゃないか。
戸惑う蓮二に雅治はふっと微笑んで見せ、その色のない冷たい唇を蓮二の血色のいい唇に、そっと重ねるのでした。
「蓮二はあったかいな」
そういって笑う仁王の顔を見て、蓮二はつぶやきました
「お前が生きているうちに会いたかった」
翌朝、一層青白く覇気のない蓮二の様子に、約束を破ったのだな、と真田は怒りを露わにしました。
蓮二は真田の説教を黙って聞いていましたが、項垂れる蓮二を哀れに思った真田が、何か言い分があるなら言ってみろと言うと、たった一言だけ答えるのでした。
「俺は仁王となら、逝ってもいい」
真田は思わず平手で蓮二の頬を打ちました
「命をなんと心得る、貴様は一体今まで何を学んできたのだ!」
怒りに震える真田の瞳には涙が滲み、そのような軽口をたたいたことをご両親に申し訳ないと思え、と怒鳴りながら蓮二を強く抱きしめました。
蓮二には真田の言うことが正しいと百も承知の上でした。
「生きて弔ってやるのが生者のつとめだ。わかるな、蓮二」
蓮二にはもう黙って頷くことしかできませんでした。