蓮仁蓮

□チョコレート
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クランチチョコレートをぽいと口にほうばる
立春をすぎて陽当たりのよい屋上は風がすこし冷たい程度だ
待ち合わせはしていないけれどもやって来るんじゃないかと待っている
期待も少し
チャイムがなるまであと16分
そろそろ諦めるべきかとおもいかけた矢先、期待の人物の名を呼ぶ高い声がした
「柳さんいませんか?」

おとなしそうな可愛らしい下級生が聞いてくる
意地悪ごころもわいてくるというものだ
その後ろ手に持ってるものは今、俺が口の中に頬張ってるこれとは重みが違う

「おらんよ、図書館行ってみた、」
「はい、生徒会室にも行きました」

女生徒は困った顔で辺りを見回し失礼します、と出ていった

「罪な男じゃのう」

もう一口チョコレートをほうばると、仁王も腰をあげた
体育館横に二人立っている
先ほどの子を出し抜いた女生徒がいたのだ

「天晴れなり」

柳をみつけだした上に、二人だけに引っ張り込めるとはなかなかにして強敵
待ってるだけではだめだったかと背中をむけた
柳は受け取るのだろうか
予鈴が鳴る前に教室へと向かう
もう来ないとわかっているのに待っても無駄だ



部室であかやがチョコレートの数をかぞえている
仁王はその横から柳の着替える背中を見ていた
あれを受け取ったのか知りたいがまず応えてはくれまい

「やっぱ丸井先輩が1番っすね」

つまんねっと立ち上がった赤也をわざと柳のほうに突き飛ばした

「わあ、あ、柳さんは何個もらったんすか、」

赤也は期待を裏切らないばか正直者だ
しかし柳は赤也のはなっつらをつまむと、内緒だ、と出ていってしまった
つかえんやつじゃの〜と赤也をこづくと?マークをだしてきょとんとしていた

「さ〜んぼう」
「なんだ」

体育館、たった一言で柳の眉はゆがんだ

「盗み見していたのか、悪趣味だな」

たまたまみつけただけなのにえらく酷いいわれようだ
だって俺屋上で待っちょったんよ、と素直になれないのが哀しい
可愛げを見せれば赤也のように可愛がられるのだろうが、それはあまりちがう
そういうんじゃないものを欲している

「なあ、OKしたん」
「答える義務はないな」
「あるんよ、それが」
「なぜ」

しばらく我慢比べが続いたが、根負けするのはこちらだった

「まあいいよ、いづれわかることなり」
「可愛げのない猫でもみてるようだ」

可愛らしい猫なら抱きすくめて愛でるのか

「にゃあ」

柳はクスリと笑ってコートに入って行った
あの思わせ振りなくせにとっつかみにくい面倒くささが愛おしい
あれがほしいと懇願してやまない心を落ち着かせてベンチに入った

帰りも柳は恐ろしく遅くまで部室に残った
正門で待っていた間に沢山チョコレートをもらった
お返しせんよ、と言っても置いていくのだからもらっておいた
すっかり日が落ちた頃、ようやく現れた柳はこちらに気付いて驚いた様子だった
「何をしている」
「何って、まっちょったなり」

馬鹿か、と柳はしていたマフラーをかけてくれた
そのときたまたま耳に触れたせいで、ポケットに突っ込んでいた手を引っ張りだされた

「おすそわけ」

チョコレートをだした手を柳は大きな掌でつつんでくれる

「溶ける」

俺が、と内心で呟く

柳は駅まで一緒に行こうと繋いだ手をコートのポケットに突っ込み歩きだした

「参謀」
「コンビニで暖かい物を買うか、」
「何かいうて、」
「何か、」

バカモノと言った柳は繋いでいた手を離した
代わりにカイロを買い与えてくれた

「お前はだいじな戦力なんだ、くだらない理由で欠場させるわけにはいかない」
「そんだけ、」
「俺が困ると言って欲しいのか」
「プリ」

柳はたのむからこういうやり方はやめてくれ、と両手で顔を覆った
耳が赤く染まってゆくのは寒さのせいか照れなのかわからない
計算づくか

「気をつけてみとかんとまた参謀が困ることになるぜよ」
「そうか、ならしかたないな」
「しかたないなり」

柳はあのチョコレートを受け取らなかった
ちょっとは自意識過剰になっていいだろうか

「なあカイロまだ温くならん」

柳は甘えるな、と言って頭を肩口にかき寄せた
肩越しに降り出した雪を見た

「早く帰ろう」
「参謀、チョコレート嫌いなん、」
「嫌いじゃない」
「義理チョコばっかしやけ、ちょっと食べて」
「…人の褌で相撲をとるな」

柳が口を開けたところにチョコレートを詰め込んだ
甘い甘いチョコレート
俺が勝ち取ったハッピーバレンタイン

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