忍若

□20121205
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「籍いれよか」

若は耳を疑った

「そんなこと、出来るわけ…」

ないと言おうとしてさえぎられた

「親父が死んだら自由になれる」

侑士の父親が病床で老衰間近なのは知っていたが、それとこれとは話が違う
侑士には妻も子もいるのだ
若とは別に借りられた部屋を使って逢っていた

「別れる、」
「子供はどうするんですか、」
「親はなくとも子は育つ」

呆れた人ですね、と若は話にならないとソファーに座った

「喜んでくれると思っとってんけどな、」
「そんなこと一度も頼んだことない」
「せやけど、逢う時いっつも苦しそうに笑っとったで」

若は唇を噛んだ
望んだことが一度もないといえば嘘になる
けれど、侑士のまっとうなみちをぐちゃぐちゃにしてしまうことまで望んではない
はっきりしないのを侑士のせいにしてきたが実は自分だったときづかされて顔を覆った

「ちがうんですよ」

正直侑士の言う通りできたら若はもう何もかもが叶ったことになる
でも侑士は違うのだ
滑落してゆく姿を見ながら自分だけ満足していてもしかたない

「言葉だけで十分です」

侑士はそっと若の隣に腰掛けた

「なら俺にどうして欲しいん」

顔を覆ったままの腕をとられ、顔を上げた
いまのままでいい
何もかわらず、何も生み出せない道を歩まぬ努力を続けていたい
頭で分かっていても口に出していえない

「おいで」

若は素直に侑士の胸に額をあてた
後頭部を優しく撫でられて苦い空気が侑士の優しさで包まれていく気がした

「あんたは前だけみてればいいんですよ」

今日もらった甘い誘惑を胸にいきつづけられると思った

「日吉が一番だいじや」
「ばかじゃないですか」

全て投げ出してこの手をとろうとしてくれたことに幸せを感じた

「もう二度とつまらない事口走らないでください」
「ふられてもうたか」

侑士と若が向かい合うと自然と笑顔がもれた

「俺は俺が選んだ道を真っ直ぐあるいてます」

邪魔しないでください、とキスをした

「アンタみたいな人、好きですよ」

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