忍若

□下剋上等
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「今から二週間であんたをおとしてみせますよ」

一つ年下の少年にそう断言され、普段感情を露骨にださない侑士も唖然とした
確かに面白がってちょっかいを出したりしたことはある
俺に構うなんてあんたくらいですよ、と笑った顔つきがにくたらしくて、もう放っておくことにしたところがこれである

「俺は本気ですよ」

妙なやつに懐かれてしまった、と顔に出したつもりは無かったけれども、今更後悔しても遅いですよと日吉若は口角をつりあげながら言う
これが脚の綺麗な女の子だったなら大歓迎というものの、噂じゃUFO探しや未確認生物に関する本が好きな電波野郎で、実家は古武術の道場だとか胡散臭い変人なのだから、恋愛関係じゃ経験豊富な侑士も流石に返す言葉もみつからなかった
何にせよ今から二週間後に言われた通り恋に落ちていないのは明々白々なので、ただの戯れ言ととらえることにした
翌日は朝から満員電車が遅れたり、学校までのみちすがらの信号機がみんな赤だったり、ついてへんわあとなげきたくなる1日の始まりだった
授業も当たり日で昼休みにはもう侑士はげんなり疲れていた
一人ゆっくり食事をとろうと座っていたのに、失礼します、と向かいの椅子に腰を下ろしたものがいる
諸悪の根源日吉若だった

「悪いけど俺、飯は一人でゆっくり食べたいタイプなんや」
「奇遇ですね、俺もです」

ほななんで俺の目の前に座っとるねん、と突っ込みたかったけれども、あえて無視することにした
居ないものと思えばいいのだ
侑士は流し込むように食事をすませ、昨日から展開が気になっている恋愛小説を読もうと中庭に移動した

「その本の主人公、優柔不断で思わせ振りなとこありますよね」

また日吉若である

「お前なんなん、」

ついてくるなと言おうとしたが、若の言う通り、そのままの感想を自分も感じていたので、よんだんか、と聞き返した

「ええ、あなたが部室に置きっぱなしにしてたので」

どんな内容か気になったのだという
だが残念ながら今回手にしたこの本は侑士にとってはハズレ小説だった
こういうものを好んで読んでいると思われては心外である
なので侑士はやるわ、だいたい先よめたし、と本を差し出した

「あんたの興味無いものには俺も興味ないんで」

若は侑士の隣に座るといい天気ですね、と当たり障りのない話を始めた
侑士はため息混じりに寝るわと中庭にごろんと背もたれまぶたをとじた
無視、無視、と頭の中で唱えていると、唇に何かが触れたので、あわてて目を開けた

「今なに」
「キスですよ、したことあるでしょう、何度も」
「あるけど」

こんなへたくそなキスは初めてやわ、と前髪をかきあげた

「油断してるからですよ」

油断、と侑士の目付きが険しくなったところで若は初めてでしたから、しかたないでしょうとうつむいた
何だろう、この自分が悪者みたいな感じは、と侑士はイライラした
しばらくすると校舎の上のほうから侑士を呼ぶ女生徒の声がした
見上げてみるとこちらにむかって手を振っている
侑士はそれに応えて手を上げた
真横から突き刺さるような視線を感じて手をゆっくり降ろすと若は言った

「そういう作り笑いとかサービス精神、俺にはいりませんから」

カチンときたが若相手に感情をむき出しにするつもりもないので、さよか、と今度は若に背を向けて横になった

「さっきの話ですが、この本の主人公が気に入らない理由わかりますか、」

若は背中にむけてつぶやいた
あんたにそっくりだからですよ、と
さすがの侑士も身体を起こすと芝を払って、そうかもしれんな、と立ち去った

「どうして怒らないんですか、」

若はまだなにか言い続けていたけれども侑士は振り返らずすすんだ

(怒らない、これが怒ってないやつの行動か、)

侑士はかるく舌を鳴らすと苛立ちを収めようと息をすいこんだ
日吉若はズケズケと人のテリトリーに踏み込んでくるデリカシーのないやつ、そんな印象が付け足された
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