忍若
□おしわか記念日2012
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「すきです、付き合ってください」
若は別に立ち聞きするつもりでもなかったのに、屋上へつながるドアノブを握りしめたままうごけなくなってしまった
「ごめん、ほかに好きな人がいるから」
低いこえが告白した彼女を拒むのを聞いてあわてて階段をかけおり、そのまま中庭に足を進めた。
この時期の中庭は桜が美しく、昼食を取る場所としては競争率が激しすぎる。
きっと今ごろいっても、日陰になって風がこざむいコンクリートのうえに腰をおろすしかないだろう。
耳にはまだ振られた彼女のフレーズが残っている。
告白して振られた彼女と、告白することすら許されない自分とではどちらのほうが不幸なのだろう。
中庭は予想以上に混雑していてうんざりした。
「日吉」
呼ばれた声にどきりとした。
振り替えれば特等席を陣取って跡部やジローなど3年が集っていた。
手招きするおしたりに引き寄せられるように輪の中に交ざりこんだ。
「今ごろきたんじゃおせぇにきまってんだろうが、バアカ」
跡部のからかいを無視して弁当箱を開く
さくらが舞い降りじめんにうすぴんく色の絨毯ができそうだ
「へぇ弁当箱に巻き鮨」
おしたりが覗き込むと黒髪にまとわりついたコロンの香がした
「さくらでんぶが入ってるしー」
ジローが羨ましそうに言う
振られた彼女には申し訳ないが、告白することすら許されない分、そばに寄り添える時間や共有できるものを多くいただいているのだと思う。
だからきっと自分は幸せなのだ、と若は思った
さくら、さくら
瞼をおろしてもまばゆい春の光は、胸の奥に隠すすべてを温かく包み込むようで居心地が良かった
この混雑の中、自分をみつけてくれたおしたりの横顔がいとおしい。
まだもう少しだけ、その目に僕たちをうつしていて。