忍若

□死神の蝋燭
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男は悩んでいました


「誰がこの子の名づけ親にふさわしいか」


みかねた神が声をかけました。


「私が御名を授けましょう」


男は首を振りました。


(神様は不公平だから)


様子を窺っていた悪魔が囁きました。


「俺様がつけてやってもかまわんぞ」


男は再び首を振りました。

(悪魔は人を騙すから)


途方に暮れる男の前に現れたのは死神でした。


「死は全てのものに平等に訪れる」

男は心に決めました


「あなたこそふさわしい、どうかこの子の名づけ親に」


「死有る者、侑士。良い名だろう」





「テメェの父親との約束だ、貴様を金持ちにしてやる」

十八の誕生日を一人で迎えた侑士の前に突然現れた白いスーツ姿の男は、いつの間にやらリビングのソファにふんぞり返って居直り強盗にしては随分と意味不明なことを言う。

 何時、どこから入ってきたのか分からないが、こちらの質問に答えてくれそうな相手ではなさそうだったので、侑士は男を視界から放さないよう注意深く努めた。

侑士の父は大学病院で研究に明け暮れる毎日を送り、家庭をかえりみることなく、母を独り死なせた男だ。 育児ノイローゼからの自殺だった。
 父は幼い侑士を持て余し、祖母に預け、再び大学病院に籠りっきりになり、医者の無養生で病に倒れた。 よって当然、侑士には両親の記憶がない。

 今更、父の遺言だなどと言って出てこられても、侑士には面倒なものでしかなかった。

 ずっと父親が疎ましかった。

 母を孤独のまま死なせたのは自分が生まれてきてしまったせいでもあると責め続けて生きてきた。
 抱き締められた記憶もないけれども、母は父と出会わなければもっと幸せになって今も生きていたかもしれない、そう思えて仕方がなかった。

「あまりに哀れな男だったからな、教えてやった」

 白いスーツの男はふんぞり返っていたソファからふっと消え、侑士の背後から続けた。

「テメェの子はもうじき事故死するってな」

 そうすると父は大学院の病室に寝かされたまま、助けてやってほしいと懇願したらしい。
 まったく馬鹿げてる、悪い夢でも見ている、と部屋を出ようとコートをつかみ、ドアを開こうとするが、施錠されているのかノブはびくともしない。

「まぁ聞けよ」

 とにかく約束なのだからお前を大金持ちになるまで面倒見てやる、とワインセラーにあった年代物のワインを開け、注ぎ口からの香りを確かめる男は、どうやら悪夢の産物ではなく、本当の死神であるようだった。


「お前はこれから父親と同じ医者になる」
「なんやて」


 それは侑士が最も嫌った道だった。

「俺が枕元に立った患者は死ぬ」

 足元に立てばそれは即ち生き逃れる、とワイングラスにまるで真っ赤な血があふれ出てくるように注ぎこまれるのを見ていると、薄気味悪い笑みを浮かべ、乾杯、と言ってまたふっと姿を消した。
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