蓮仁蓮
□秘め事
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蓮二は図書室で純文学と分類される分厚い本を読んでいた。
中学を卒業して以来、工学部の塔が見えるこの場所が蓮二の特等席になっている。
今読んでいる本には少年の淡く不器用な恋心が綴られている。
恋をしていた、と思う、自分も。
彼と顔を合わせなくなって気づいた。
どれほど真剣で、深刻で、重大な思いをひた隠しにしてきたのか。
仁王は一度も好きだとは言わなかった。
同じく自分も好きだとは言わなかった。
それはたんなる意地の張り合いなどではなく、もっとちっぽけな、口をついて出てしまったら、勝ち負けのない勝負に負け、主導権を持って行かれるような、そんな妙な思い込みだったように思う。
いやそれすら彼が知らぬ間に仕掛け、刷り込んだボーダーラインだったようにさえも思う。
そう、確かに恋をしていた。
俺も、彼も。
そして、歩む道を分かつことになったことを知ったとき、一線を引いていた自分たちのとった行動が正しかったのかわからなくなってこうして未練がましく、座っている。
仁王はこの窓の向こうの教室で、何一つ変わらぬまま授業を受けているのだろうか。
ガタン
向かいの椅子を引く音に蓮二ははっと我に返った。
そしてその眼を大きくひらき、向かい側に腰を下ろした相手を呆然とみていた。
「仁王…」
呟くようにこぼれた言葉に、呼ばれた本人は不機嫌そうな顔をして睨みつけている。
「おまんのやり方はいちいちまどろっこしくて振り回されっぱなしぜよ!」
うっかり大きな声を出させてしまい、あわてて仁王の口を押さえた。
「なんのことだ、」
仁王は図書館のマナーを理解したらしく、身を乗り出してわかりにくい、ちゅうとんじゃ、と語気だけ強めて眉間にしわを寄せた。
仁王は先日、蓮二のお気に入りのこの特等席に座ったという。
そしてそこから窓越しに見える工学部の棟を見、いてもたってもいられなくなり、蓮二が図書室へとやってくるのを待っていたらしい。
「ここに座る目的はなんじゃ、いうてみんしゃい」
蓮二は即座に本を読むためだと答えようとしたが、みないい終えるまでに、仁王に違う、とさえぎられた。
こそこそ話とはいえ、仁王は興奮状態で、これ以上図書室に置いておくわけにはいかなかった。
むしろここで仁王の納得する答えを言わされることのほうが恐ろしかったのかもしれない。
蓮二は仁王の腕力強くひいていった。
その間も仁王は答えんしゃいよ、いい加減じらすのは止せ、などとわめきっぱなしで、相当頭にきているのがわかった。
爪先から冷たくなってく指先は何を表している?
誰もいない場所へ、一刻も速く、と願い、階段をいくつも上り詰めていく間に息が上がってきた。
乱れた吐息はきっとそのせいに違いない、と蓮二が思い込もうとしたその時、引きずられるように引っ張られていた仁王が暴れ、両の手を踊り場の壁に打ち付けた。
「痛い、」
「痛くない!」
仁王、ともう一度呼んだ声は掠れてふるえた。
間近で見る仁王の瞳にはゆらゆらと揺れるように蓮二の姿が映っている。
口をついて出てきてしまいそうな言葉を再び封じ込めるように噛みしめた唇に、仁王の唇が重なってきた。
こじ開けられ、苦しさにもがいても離してくれない。
息も止まるほどの情熱的なキスに、蓮二の体は壁を伝い、ずるずるとしゃがみこんでいった。
ようやっと解放されたとたん仁王は蓮二の右肩に額を乗せて蚊の鳴くような声でいった。
「好きなんじゃろうが、俺んこと」
認めんしゃい、と甘い熱だけ残して体を離した。
唇から伝染した仁王の想いが蓮二に恋の味をおしえていた。
「降参だ」
(それ以上離れていくな)
俺の負けだ、と蓮二はうつむいて、仁王、お前が好きだ、好きなんだと漏らした。
ずっと、ずっとひた隠しにしてきた思いは仁王にきちんと届いていたことが嬉しくて、しゃがみこんだ二人の間は再び縮まった。