忍若
□舞い、散る、命
1ページ/4ページ
ひらり、ひらり。
桜、舞い散る、春の陽気漂う中、若は小さな、小さな墓石の前にひざまずくと、その前に並ぶ、淵のかけた盃に、とくりとくりと上等の酒を注ぎ込んだ。
それは生前、華やかで、豪快で、それでいて繊細で。
あらゆる人を魅了し、圧倒的なカリスマ性を備えつけた彼の墓碑としては、あまりに質素で、若には不憫に思わずにはいられなかった。
「日吉、そろそろ行くで、」
「はい」
若は春霞に霞む侑士の背を追いかけながら、名残惜しむように振り返った。
ひとひら、ふたひら、ひらりひらりと舞い落ちるソメイヨシノ
より一層、その刹那さを演出するようだった。
それは去年の秋の出来事だった。
「跡部を…?」
「斬る」
密やかに集められた有志4名は思わずコクリ、息を呑んだ。
「剣の腕は一流、名家の出身で顔が利くところがあるのも事実、だがそれにしても、少々遊び癖が悪すぎる」
隊の名が世に出る毎に、隊費の浪費も激しくなってきている、と滝はその背筋を凛と伸ばし、瞳を閉じたまま、もはや火の車状態だ、と帳簿をばさりと皆の前に広げた。
跡部は華やかさを好んだ。
遊び方もいつも豪快だった。
「先日の花街での一件もある、榊様から逮捕状も頂いた、志士らしく、命をもって償ってもらう」
眉をひそめる者もあれば、帳簿を投げ出し、足を崩しては面を覆う者もある。
「まともに討ち合うても勝てる相手やあらへん、そこらへんは自分らもようわかっとるはずや、」
「酒に酔わせて、泥酔した寝込みを襲う、汚いやり方だが、やむを得ないと理解してほしい」
隊の中でも頭の切れる1、2の忍足と滝のその発言は、余りに冷たく、非情なものとして、隊士たちの耳に重くのしかかるように届いた。
「決行日は後々、くれぐれも他言無用に」
それぞれ複雑な想いを胸に抱きながらも、散り散りに戻ってゆく中、最後に襖に手をかけた侑士は滝に背を向けたまま、すまんな、と一声かけた。
「僕だって日吉があいつと、この隊の意義をどれ程想っているか、知らないわけじゃないからね、」
土壇場で寝返られでもしたんじゃ、と続く滝の言葉を、侑士は遮った。
「日吉はそんなことせんわ」
けど、最期をとるお役は自分に、と志願してくるやろな、と、土かべを睨み付けた。
「間違えるなよ、忍足」
背を向けたままでも、滝の鋭い目付きは容易に想像できた。
黙って襖をしめて、暗く長い廊下を、わかっとるわ、と口に出す事なく飲み込んだ。