忍若

□舞い、散る、命
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ひらり、ひらり。

桜、舞い散る、春の陽気漂う中、若は小さな、小さな墓石の前にひざまずくと、その前に並ぶ、淵のかけた盃に、とくりとくりと上等の酒を注ぎ込んだ。
 それは生前、華やかで、豪快で、それでいて繊細で。
あらゆる人を魅了し、圧倒的なカリスマ性を備えつけた彼の墓碑としては、あまりに質素で、若には不憫に思わずにはいられなかった。

「日吉、そろそろ行くで、」
「はい」

 若は春霞に霞む侑士の背を追いかけながら、名残惜しむように振り返った。

 ひとひら、ふたひら、ひらりひらりと舞い落ちるソメイヨシノ

より一層、その刹那さを演出するようだった。



 それは去年の秋の出来事だった。

「跡部を…?」
「斬る」

密やかに集められた有志4名は思わずコクリ、息を呑んだ。

「剣の腕は一流、名家の出身で顔が利くところがあるのも事実、だがそれにしても、少々遊び癖が悪すぎる」

隊の名が世に出る毎に、隊費の浪費も激しくなってきている、と滝はその背筋を凛と伸ばし、瞳を閉じたまま、もはや火の車状態だ、と帳簿をばさりと皆の前に広げた。

 跡部は華やかさを好んだ。
 遊び方もいつも豪快だった。

「先日の花街での一件もある、榊様から逮捕状も頂いた、志士らしく、命をもって償ってもらう」

眉をひそめる者もあれば、帳簿を投げ出し、足を崩しては面を覆う者もある。

「まともに討ち合うても勝てる相手やあらへん、そこらへんは自分らもようわかっとるはずや、」
「酒に酔わせて、泥酔した寝込みを襲う、汚いやり方だが、やむを得ないと理解してほしい」

隊の中でも頭の切れる1、2の忍足と滝のその発言は、余りに冷たく、非情なものとして、隊士たちの耳に重くのしかかるように届いた。

「決行日は後々、くれぐれも他言無用に」

それぞれ複雑な想いを胸に抱きながらも、散り散りに戻ってゆく中、最後に襖に手をかけた侑士は滝に背を向けたまま、すまんな、と一声かけた。

「僕だって日吉があいつと、この隊の意義をどれ程想っているか、知らないわけじゃないからね、」

土壇場で寝返られでもしたんじゃ、と続く滝の言葉を、侑士は遮った。

「日吉はそんなことせんわ」

けど、最期をとるお役は自分に、と志願してくるやろな、と、土かべを睨み付けた。

「間違えるなよ、忍足」

背を向けたままでも、滝の鋭い目付きは容易に想像できた。
黙って襖をしめて、暗く長い廊下を、わかっとるわ、と口に出す事なく飲み込んだ。
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