蓮仁蓮

□青空を翔ける男
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「パイロットになりたいのか、」

 給水棟の上で仰向けに寝転び青空を見上げる仁王雅治に、蓮二は聞いた。

「パイロットの多くは小さな頃から青空に憧れ、大空を自由に飛び回りたいという願望をもっていることが多いらしい、」

 お前もその類いか、と仁王の隣に腰を下ろした。

「上を見ちょるからいうて、空を見ちょるとは限らんぜよ」

 どうせなるなら、雲になりたい、仁王はそういってカラカラ笑っていた。


 あれから七年。

「今や被害総額は1億4千万$を越え、このまま放ってお行けば、今後もその額はどんどん膨らんで行くだろう、」

 かっぷくのよい体格の白人男性は、高層ビルの上層から窓際に立ち、バインダーの一列を指先で乱して窓の外に広がる空を眩しそうに眺めた。

「だが、君ならそれを止められる、そうだろう、柳捜査官」

 片付けの行き届いていないデスクを挟み、直立不動で話を聞いていた蓮二は一言、イエス、サーと答えた。




「裏口を固めろ、窓下にも配置、8分後に突入する、行け」

 スラム街の一角、荒れた果てた雑居ビルを特殊部隊がとり囲んだ。
 あらかじめ叩き込まれたサインで、捜査員数名が音も無く静かに、再奥の空き室であるはずの部屋のドアの両脇についた。
 ワン、トゥー、スリー。
 ゴー、の掛け声でドアを蹴破り、銃を構える。
 捜査員たちは慎重に足を忍ばせ、バス、キッチン、トイレまでくまなく開いて行った。

「みつかりません、…また消えました」

 一足遅れて室内に足を踏み入れた黒いスーツ姿の蓮二は、くるりとリビングを一回り見渡すと、タオルケットがくしゃくしゃにかかったソファーの側に進み、タオルケットの中に手を差し入れた。

「…Mr.やな、」

 蓮二は振り返り、人差し指を唇に当て、静かに、と合図すると、捜査員は首を縦に降り口を閉じた。
 蓮二は床をきしませながら、開きっぱなしの窓辺に立った。
 そっと下を覗きみる。

(なるほど、上、か)

 蓮二は頭上の僅かな気配に気づいたが、銃を警戒し、意識だけを上に耳をこらした。
 60センチほど突き出た窓の屋根の上には、仁王雅治が息をこらし、身動きひとつせず、気配を殺すように潜んでいた。
 蓮二はわざと窓の片方だけを閉めた。

(行ったか?)

 仁王は一瞬、気を緩めたが、まだ立ち去る足音を聴いていない。

(かまされとる、なかなか知恵の回るやつじゃ)

 柳はそう簡単に引っ掛かってはくれないか、と気づかなかったふりをし、一旦室内に引っ込むも、部下に下に向かえ、と合図を入れ、懐からだした銃を構えた。
 仁王は柳が部屋へ引っ込んだのを見計らって、今がチャンスとばかりに窓屋根を駆け伝い、隣の部屋の窓屋根から、隣接する荒廃したビルの空き室に向かって勢いよく飛びだした。
 窓硝子を蹴散らす音が、途端に周囲を騒然とさせた。
 柳はすかさず、窓からその後ろ姿を確認した。

(年齢推定二十歳前後、)

 真っ白の民間航空会社用パイロットの制服を着ていた。

(なんてやつだ…、五階だぞ、ここは…)

「隣の廃ビルに逃げた、追え、パイロットだ、白のパイロットの制服を着ている」

 蓮二は自身の目で捉えた容疑者の後ろ姿に嫌な予感を覚えた。

(願わくば別人であってほしいが、)




 厳戒態勢を引く捜査員たちを振り切った仁王は、荒れる息を茂みの中で整えていた。

(あいつ…途中で俺が丸腰なんも気づいとったはずじゃ、用心深いというよりは…)

 情けでもかけたつもりか、と、その余裕っぷりが気に食わず、後悔させてやるぜよ、と口元の黒子を人差し指で一掻きした。
 ふと気付けば、目の前には病院が立っていた。
 仁王はそれを見てポケットから取り出した携帯電話を開いた。

「あ〜もしもし、やぁぎゅ?」

 電話を終えた仁王は、さぁてレッドカーペットでも狙っちゃろうか、と上着をぬぎすてた。
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