蓮仁蓮
□人格障害
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貴方はもし、ご自分が信頼している親友が、本当は存在しない人物だったら。
ご自分が今までやってきたことがすべてただの妄想だったら、どうなさいますか?
自分には他人には見えない物が見える。
これはそんな精神分裂病と戦う友人、柳君と献身的な友情で彼を支える彼の幼なじみ乾君とのお話です。
柳君とはじめて出会ったのは入部したテニス部での、新入生紹介の時でした。
強豪校として有名な当立海大は実力者ぞろいで、入学直後から注目されてちやほやされるものも多くいる中、データテニスを得意とする柳君には、それら一人ひとりのデータを記憶し、試合中にその効果を出せるようになるまで、やや時間がかかりました。
才能やセンスは備わっていらっしゃるのに、注目されにくい大器晩成型プレイヤーであることに柳君本人も気づかないところでストレスを感じていたようで、よくブツブツと独り言を漏らしておられました。
彼の少し風変わりな容姿と行動に加え、あまり人を寄せ付けない雰囲気に、同級生の私たちでさえ、そうそうたやすく打ち解けることが出来ませんでした。
ある日の昼休みのことでした。
私は読み終えた本を返却しに、図書館へ向かいました。
新しい本を、とミステリー小説の並ぶ棚を覗いくと、そこには柳君がいました。
「おや、柳君ではないですか、」
柳くんは両手にわたしが借りようと思っていた作品を持っていらっしゃいました。
「先を越されてしまいましたか、また柳君のご感想をぜひ聞かせて下さい」
柳くんはニコリと微笑むと、わかった、と私に少し心を許してくれたようでした。
それから何度か私たちは図書館で出会い、共通の趣味を通じて親しくなってゆきました。
それでもいつまでたっても、彼は私にとって多くの謎を秘めた方であることは変わることはありませんでした。
私はそれこそ彼の魅力のうちなのだ、とさほど気にかけることはありませんでした。
やがて柳君はよく部室に閉じこもり、一人綿密な必勝法をあみだしては、テニス部の先輩方から一目を置かれるようになっていきました。
次第に柳君はテニス部に馴染んでゆきました。
時折口からでる名前に違和感を覚えましたが、立海テニス部にはたくさんの部員がいます。
わたしが存じえない方がいらっしゃっても不思議ではない、そう思い、私は聞き流していました。
しかしある時、私はその真実に気づいたのです。
「恋人が出来たんだ、」
柳君にそう打ち明けられたのは、二年生になった秋でした。
「それはおめでとうございます、柳君のお目がねに叶ったその女性は、一体どなたなのです? 」
柳君は気恥ずかしそうに笑い、聞けば驚くぞ、これは秘密の恋なんだ、と小声でいいました。
失礼とは思いましたが、私には一人でいることのほうが多い柳くんの恋人になりうる女性に心あたりがなく、秘密の恋人、といった響きから、余り健全なお付き合い相手を想像することができませんでした。
私は柳君がどなたか悪い女性にたぶらかされているのではないか、とお節介ながらも心配でたまらず、何度も何度も尋ねました。
そしてようやく柳君は思わぬ事をおっしゃったのです。
誰にも言わないでほしい、そう念を押して教えて下さった名前に、私は全く覚えがありませんでした。
「何をいってるんだ、お前のダブルスパートナーの仁王雅治だ、」
知らないはずがないだろう、そういって柳君は、話すんじゃなかった、と気を悪くして図書館をでていってしまいました。
私は思いました。
柳君がいつも一人で呟いている理由、柳君がいつも覚えのない方の名前を口になさる理由。
(柳くんはもしや…)
私の父は医者で、私もいずれはその道を進むつもりでいましたので、一つの可能性に、まさか、そんな、と狼狽するばかりでした。
(そうだ、柳君にはたしか、乾君とおっしゃる幼なじみがいらっしゃったはず…)
私は急いで、乾君に連絡を取りました。