蓮仁蓮

□HAPPY BIRTHDAY
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 一年前の今日、蓮二は死んだ

 高校を卒業したあと、俺は立海大へは進まず、日本中を放浪していた。
 美しいもの、醜いもの、面白いもの、くださらないもの。
 この世には俺のちっぽけな脳みそが描きだす想像ぐらいじゃ到底追いつかないような光景があふれていて、俺はいずれこの島国を抜け出して世界中を歩き回ってやろう、そんなことを考えながら好き勝手自由気ままにすごしていた。

 あるとき、俺が旅先から最後によこしたはがきの消印から探り出したんだ、苦労したよとか言って、幸村が軒先を借りていたその日の宿へ電話をよこしてきた。
 心底恐ろしい奴じゃなんて感心しながら用件を聴いていれば、そうまでするに足りる一報を知らせてくれた。

 蓮二が入院してる、見舞ってやって欲しい。

 俺は幸村に教えられた所在地へ行かなかった。
軽い入院ならわざわざ連絡をよこすはずは無い
そんなことはわかっていた。
 でも行かなかった。
 はがきだけを送って、俺はそのまま旅を続けた。
 ひと月くらいたって、柳生が定期的に電話をよこせとうるさかったこともあったし、公衆電話からなけなしの小銭を使って連絡を入れた。
 柳生は回りくどく、言いにくそうに口ごもってばかりで、俺はいらいらしてもうすぐ切れるからさっさと言えと急かし立てた。

 柳くんに会いに戻ってこられませんか。

 それは蓮二の状態が相当悪いのだと伝えていた。

 それでも俺は行かないと言って受話器を置いた。
 気にはなっていたけれど、そのとき俺は潮岬あたりに居て、神奈川にある蓮二の入院先へすっとんで行くための金なんて残ってもなかったし、みんなと会うのはもっともっとたくさんの情景を見て、たっぷり自慢話をしてやれるようになってからのつもりでいたから。
 俺はヒッチハイクで拾った車を乗り継ぎ、散々寄り道しまくって、薄汚い格好のまま神奈川に戻った。

 蓮二はすでに最初に教えてもらった病院から転院していて、俺がその転院先へたどり着いたのは21時前だった。
 夜間専用の出入り口から、名前を記入させられて入った。
 3階にある蓮二の病室まで、俺の大嫌いな病院独特の消毒液くさい臭いに眉を顰めながら進んだ
時間も時間だったし、面会人は少なく、静まり返る廊下に、時折病室から漏れてくる患者の声が不気味だった。
 蓮二の部屋は二人部屋だったが手前のベッドは空いていて、蓮二は奥のベッドに寝転がっていた。
 そっとカーテンを引くと、見たことも無い姿の蓮二が飛び込んできて、俺の目は皿のように丸々と広がり、その姿の釘付けになった。
 蓮二の顔周りは管だらけで、鼻と口を覆う酸素マスクからシュコーシュコーと断続的に続く物音だけが俺の耳に届いた。
 もともと細面だった顔はこけ、長い睫の切れ長の目元が美しかったのに、血色悪く黒ずんでしまっていた。
 掛け布団の端から突き出る腕は、俺が知っている蓮二の腕よりずっと細く、青黒い血管が薄い皮膚に透けてくっきりと見え、寝巻きの袖口から伸びる医療器具のコードがからまっていた。
 口をぽっかりと開いたまま、懸命に呼吸する蓮二の足元で、俺は完全に固まって突っ立ったまま、しばらく動けなかった。

 「柳」

 なんとか絞り出した声は掠れていて、蓮二の耳には届くことはなさそうだった。
 もう一度呼び、寝とるんか、と一歩一歩、いや、恐る恐る枕元へ近づき、顔を覗き込んだ。
 蓮二の目じりには行く筋も涙の痕が残っていて、闘病生活がいかに苦痛を強いられるものだったかをまざまざと見せ付けていた。
 たまらない気分だった。

 「蓮」

 苦しいんか

 声にならない。
 何度読んでも反応を返さない蓮二の額にかかる前髪を、横へ流すように撫で分け額に触れると、そこは熱く少し汗ばんでいて、発熱しているということを心配するより、安心できた。
 蓮二がまだ確実に生きているということに。
 面会者用に備え付けられたパイプ椅子に腰を下ろし、蓮二の顔をぼんやりと見つめていると、蓮二の体中に絡まる管という管を全部取り払って外へ連れ出してやりたくなった。
 こんな苦しい思いをさせて寝転がしておくより、美しいグラデーションを描く明け方の空を、さんさんと輝く太陽の光をキラキラと反射する小川を、体内に染込んでくるように澄みきった空気を漂わせる深緑の森を。
 ぜんぶ。
 全部見せてやりたい。
 ベッド脇のサイドテーブルには、コルクボードが立てかけてあたって、俺が送ったはがきがすべて留めて飾ってあった。
 俺は腰を上げた
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