蓮仁蓮

□死神よ、こんにちは
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 近頃、幸村精市は己の死期が近づいているのを感じていた。
 病院嫌いのせいもあり、まだ医者にはかかっていない。
 しかし、体の調子からみてまず間違いはないだろう。

 これまで自分を信じ、ただひたすらに生きてきた。
 結果、まだ若い身でありながらも、富と名声、愛する家族、信頼できる友人、全てを手に入れることができた。
 不足など何もない。
けれど、全てを手に入れてしまった今こそ、人生の楽しみ、満ち足りることの喜びを見失ってしまっているのではないか、そうも思う。

 (俺は死ぬのか)

 鏡に映る覇気のない自分の姿をぼんやり眺め、そう思ったとき、気がかりはひとつだった。
 柳蓮二のことである。
仕事上、信頼するパートナーであると同時に、家族とも言えるほどに大切な親友であった。


 蓮二には現在いい関係を築けている恋人がいる。
 傍目にはどうみてもお似合いのカップルで、誰もが認め、応援している。
 けれど幸村はそのことこそが心配だった。
幸村はよく自宅へ蓮二を招いた。
 一緒に食事をし、食後に酒を酌み交わしながら、仕事以外の話をするのが楽しみだった。

 「柳、彼を愛してる?」
 「愛してる」

 蓮二は迷いなく、すぐさま答えを返したが、幸村は納得しなかった。

 「気に入らないのか」
 「だって柳の方から柳生の話をしてきたことがない」

 幸村は生真面目な蓮二が一度たりともレールからはみ出すことなく、直進してきたことを知っている。
 けれども、上り坂下り坂こそあれ、ただまっすぐなだけの道ではつまらない。
 幸村は蓮二にその目を輝かせ、思わずのろけ話もしてしまうような、そんな情熱にあふれる恋をして欲しかった。

 蓮二の選んだ恋人、柳生比呂士は、申し分なくすばらしい人間だったが、幸村の目には、ただ蓮二の思い描く理想の人生設計を実現するために選びだされただけの人間、そんな風に映ってしかたがなかった。

 「蓮二、時にすべてを忘れてしまうほど夢中になって恋焦がれるような、そんな風に愛し、いや愛しあえる人がいてもいいと思うんだ」
 「精市、よくわからないな。要訳してくれ」
 「つまりその、」

 幸村は少し口ごもって、電気ショックを受けたときのようなビリっとくる出会いだよと笑った。
 蓮二は笑って、覚えておく、と席を立った。



 その日は、よく晴れた果てしない青空が美しかった。
 蓮二は忙しい仕事の合間に、一呼吸おこうとコーヒーショップに立ち寄った。
 戸口に一番近い席に座ってタバコを一本取り出すと、内ポケットからライターを取り出し火をつける。
 途端に、カウンター席についていた青年がコーヒーカップを落とした。
 青年は携帯電話を片手に、大きな音を立てたことを侘びながら、そのまま話を続けた。

 「ああ、そうじゃ、お前さんの言うとおりぜよ。悪いんはお前さんやなか、そいつじゃ。じゃけぇ気にせんでええ。そげんしょげとらんと、元気出してガンバりんしゃい。」

 青年の会話はあたりに筒抜けで、蓮二は甘ったるい声でささやく彼の口調から、きっと相手は恋人で、何か失敗をしたのを励ましているのだろう、と推測した。
 ほほえましいことだとふっと口元を緩ませたとき、青年は電話を終え、蓮二のそばの椅子に移動してきた。

 「すまんかった。うるさかったじゃろう、悪かったな」
 「いや、なかなか面白かった」

 青年は目を丸くして、そう?と蓮二の顔を覗き込むと、どの辺が、と問いかけてきた。

 「いや、すまない、ほほえましかったというべきだった。申し訳ない」

 「ああ。姉貴じゃ。先週まで一緒に住んじょった。俺がこっちに出てってさびしがっちょるんよ」

 しょっちゅう電話よこしよる、と苦笑交じりに言う青年は口に出して言うほど嫌がってはいなそうだった。

 「俺にも一人姉がいる。姉なんてそんなものだろう。すぐに弟の世話を焼きたがる」

 青年はにやりと笑うと、地道な生活が嫌になり、就いていた職をやめたことで姉と口論となり、二人住まいのアパートを飛び出してきたのだと言った。
 そして今は毎日何でも屋のようなことをして、その日暮らしを楽しんでいることなど、初対面の蓮二に遠慮も恥もなく、独特な訛り口調でぺらぺらとしゃべって聞かせた。
 蓮二もまた自分と全く違う生き方、考え方の青年に興味を持ち、普段なら適当にあしらい、自分の話なんてしないのに、うっかりと身の上を話してしまった。
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