蓮仁蓮

□耳なし蓮二、仁王サイド
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*仁王母についての記述は柳sideにて書いたので省略し
ここでは仁王が生まれたところから書くこととします。


 雅治は母と二人、村の有力者の下で奴隷のように扱われながら日々を暮らしていました。
 村人たちに忌み嫌われ、ほかの子供達と打ち解けることも出来なかった雅治は、いつも大空に浮かぶ雲を見上げて空想したり、山や野原で動物を追いかけて遊んでいました。

 ある日、成長期の雅治は与えられる残飯のような食事だけでは空腹を紛らわすことが出来ず、庭の隅にある柿の木の柿を勝手にもぎ取り食べてしまったのです。
 それをみつけた家主は雅治の母を呼びつけ、酷い罵声を浴びせながら、許しを請う母の背中を竹ぼうきの柄で何度も何度も打ちつけたのでした。
 雅治は恐怖のあまり、目を皿のように見開き、うずくまる母を見据えたまま、庭の隅で小さく膝を抱えて震えていました。
 家主が居なくなった後、母さま大丈夫、と恐る恐る母の元へ歩み寄ると、母は雅治をギラリと睨み付けました。
 その目のあまりの恐ろしさに雅治は慌てて家を飛び出していったのでした
 そして村はずれの木枯らしのびゅうびゅう吹き寄せるボロ小屋で、腹が減っては草の根をかじり、体が臭くなれば冷たい冷たい川の水で体をぬぐい、一人ぼっちで生き長らえて行ったのでした。

 幾年かたち、もう何日も雨が降らず、田畑の水はもちろん、山の水も干上がり、雅治はカサカサに乾いた喉と今にも背中にくっつきそうなほどに凹んだ腹を見て、何か一口でも口にしたいと、もうずっと踏み入れなかった村へと、重く気だるい足を引きずるようにして訪ねていきました。
 けれどそこに待ち受けていたのは、雅治ほどとは言わずとも、同じように餓えに苦しむ村人達の恐ろしい瞳でした。

 「鬼の子がきた」
 「なんて恐ろしい子じゃ」

 村人達はこの干ばつはきっと雅治の仕業に違いないと口々に言い始め、もう正常な思考をもてなくなっていました。

 雅治はあっという間に狂った村人達に取り囲まれ、棒や竹で打たれ小突かれ、散々に暴行されました。
 雅治には最初こそ擦れた声で悲鳴を上げ、やせ細った手足で抵抗していましたが、いつまでも耐えしのげるほどの力は残っていませんでした

 (何でこんな目にあわんといけんのんじゃ)

 一体俺が何をした

 だんだんと遠くなっていく意識の中、雅治は自分を取り囲む村人たちの足の隙間から、遠く離れたところで打ち捨てられる雅治をみつめる母を見つけました。
 母の瞳にはまるで何も写っていないかのように、涙一つ浮かんではいませんでした。



 (冷たい冷たい。ここはどこじゃ、真っ暗で何にも見えん)

 雅治は光を求めて彷徨いました。
けれど、どこまで歩いても当たりは真っ暗闇。
 けれども、不思議とどんなに歩いても、今以上腹が減ることもなければ、くたびれて倒れることもありませんでした。
 乾ききった喉だけが潤いを求め、雅治は、水が欲しい、水が欲しい、とひたすら歩き続けました。
 するとどこからか男の声が聞こえてきました。

 (誰の声じゃ、どこにおるん)

 声を上げたくても、干上がった喉からは擦れた声一つ上がらず、仁王は声のするほうへと導かれるように歩いていきました。

 やがて小さな小さな光がぽつんと見えてくると、そこには暗い暗い夜の闇の中、古びた寺の縁側で蝋燭の灯を明かりにお経を読み上げる男が一人座っていました。

 (なんちゅう心地いい声じゃ)

 雅治はしばらく木陰に隠れ、その声に聞き入っていました。
 けれど、男はこちらに気づき、声をかけてくるのでした。

 「もし、こんな夜更けにいかがなされた。何かお困りか」

 慌てて身をかがめた雅治が恐る恐る覗き見ると、男は穏やかに微笑み、雅治が返事をするのをじっと待っていました。
 しかし雅治には返事をしたくても声を出すことができません。
 仕方なく、そろりと一歩前へ出ました。
 月明かりにさらされた雅治の姿をみた男は少し驚いた顔をし、雅治にはきっと人とは違う自分の姿を見て、あの男も村人達と同じように気味悪がっているのだろうと取れました。
 ふいと目を伏せる雅治に、男は静かに微笑むと、未熟な自分の読経でよいならばと、再び読経を始めたのでした。
 驚いた雅治はそのまま縫い付けられたようにその場に立ちつくしました。
 そして不思議なことに、乾いていた喉が少しずつ潤い、今まで一度も満たされたことのなかった空腹感が和らいでくるのを感じるのでした。
 余りの心地よさに雅治はそのままうつらうつらと眠ってしまいました。
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