蓮仁蓮

□耳無し蓮二
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 真田弦一郎は、まだ若い身でありながらも俗世を捨て、立派な僧になるべく修行を重ね歩いていました。
 ある日、修行を終え、寺へ帰る途中、戦の爪あとを多分に残す農村を通りがかりました。
 そこには、戦乱の中、親と生き別れ、家を失い、瓦礫の合間で寒さをしのぎながら一人小さくうずくまる青年、蓮二がいました。
 蓮二を不憫に思った真田は、自分の寺で一緒に暮らそうと蓮二をつれ帰り、歳こそそう変わらないにもかかわらず、読み書きのできない蓮二に、やがてここを出るときに必要だから、習字なども教えてやりながら、本当の家族のように日々をすごしていました。
 あるとき、蓮二は俺にも経を教えてくれないかと言い出しました。
きっともう生きては居ないだろう両親のために、読経の一つも覚えたいのだと。
 真田は感心な心がけだと喜んで2,3の経を教えました。
 真面目な蓮二は夜中こっそり起き出ては、月明かりの下、縁側で一人読経練習に励むのでした。

 そんなある夜のことでした。
 蓮二がいつものように練習をしていると、寺を囲むようにそびえ立つ杉の木の木陰からこちらを窺う気配がするのです。
 こんな夜更けにと不思議に思い、暗闇の中、目を凝らしながら蓮二は声をかけました。

「もし、こんな夜更けにいかがなされた。何かお困りか」

 すると月明かりに照らされ、透けそうなほど色素の薄い少年が戸惑いながらもその姿を現したのでした

(死人か)

 少年の瞳を彩る余りに深い哀しみの色に、蓮二は霊験などつまない身でありながらも、俺の読経でいいならば、と少年のために経を読み上げました。
 少年は心地のいい蓮二の声に黙って耳を傾け続けていました。
 その日を境に、少年は毎夜丑の刻になると寺へ現れ、蓮二の読む経を聞くようになっていったのでした。

 やがて、日を追うごとに少年と蓮二の距離は縮まってゆき、少年はついには蓮二の隣に腰掛け、足をぷら付かせながら蓮二の経に聞き入るようになっていたのでした。
 少年が余りに毎日やってくるので、蓮二は何か話したいことがあるのかもしれないと、思い切って尋ねてみることにしました。
 いつも黙ったままの少年は蓮二の目をじっと見ると、血の通わない冷たい冷たい指先で蓮二の頬に触れました。
 そうすると少年の生前に関する辛く悲しい情報が蓮二の中にどっと流れ込んでくるのでした。


 少年の名は仁王雅治といい、母親は双子の姉として生まれました。
 しかし、その時代に双子は不吉と嫌われ、先に産まれてきた子を気性の荒い子として隠し、後に産まれた子を大事に育てる風習があったのでした。
 雅治の母親も例外ではなく、つらい仕打ちを受けていました。
 母は実の兄弟にまで蔑まれ、乱暴を受け、ついには身ごもってしまったのです。
 そしてそのときに出来た子供が雅治でした。
 近親間の子供で人より色素の薄く産まれた雅治は、髪は白髪、瞳の色も翡翠のよう。
 鬼の子とまで言われ、母にさえ愛されず育つのでした。
 ある年、村に日照りが続き、農作物は枯れ、大規模な飢饉がひろがりました。
 村人はそれを雅治のせいだと決めつけ、雅治を取り囲み、殺してしまったのでした。


 心優しい蓮二はそんな雅治の哀しみを知り、せめて気のすむまで、お経を聴かせてあげようと、時にはお話などもしながら過ごすのでした。
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