Novel-Ι

□Bloody Rose
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今ここに、誓う。




『Bloody Rose』




今朝も目覚めが悪い。
頭がスッキリしない、奥底で鳴り響く音がする、鈍い鈴の音のような、重たい音。

ジョットは、ベッドからゆっくりと身体を起こして、サイドテーブルの水を飲んだ。

まあいい。
起きてしまえば、それも止む。多少気だるさは残るが、執務に影響はない。


カチリ、と頭のスイッチを切り替える。その音も、やけにリアルに響く。




………………………………………




「ジョット、準備はできたか」

Gがドアから顔を覗かす。
「G、あとネクタイを結ぶだけ」
「貸せよ、やってやる」

Gはジョットからネクタイを取り上げると、慣れた手つきでスルスルと規則正しく結んでいく。

「ほら、できた。じゃ、行くか。かったるいパーティー会場へ」
「ありがとう、G」


琥珀色の瞳でGを見上げたときだった、カチリ、あの音が響いた、ような気がした。フラッシュで一瞬目の前が暗くなったが、変化はない。気のせいか…。


「どうしたジョット」

Gがいぶかしげに見つめる。

「いや、なんでもない」
「そっか、じゃあ行こう」
「あぁ」


ゆらりと、空気が変わる。何かが、切り替わる。




「いや、お前はどうしてそう物事に忠実なんだ、たまには逆らってみたらどうだ」
「…ジョット?」

ジョットは変わらず立ちつくす。ただ、なにかがおかしい。


「決められたことを遂行することだけがお前の忠誠か。私に仕えるということは、私が本当に望んでいることを、探りとって叶えることだろう」
「ジョット、どうしたんだ一体…」
「つまらない男だ、まだわからないのか」


ジョットの表情が、あきらかに先程までと違う。威厳に満ちた、まるで古来の王族が乗り移ったかのような態度。


「遊びなら後にしてくれ。ほら、行くぞ」
「G」


ジョットはGのネクタイを引っ張って、引き寄せる。琥珀色の瞳を、より一層妖しく煌めかせ、顔を近づけていく。


「G、わからないのか。お前のすべてを、私は欲している。早く、満たしてくれ」
「わっ、ち、ちょっと、待て、おいっ…」

Gは迫ってくるジョットに、動揺して後ずさり、つまづいてフロアに転倒した。ジョットは仰向けになったGの上に股がり、ニヤリと笑みを浮かべる。




ゾクリ、とした。




「G、終わりだ」




部屋の空気が凍りつく。




軽い呻きと共に、Gは気を失う。




…まずい…こと…になっ…た……





………………………………………





パーティー会場にジョットが現れると、今までざわめいていた会場の雰囲気も一変した。ボンゴレボスの登場に、男性からは畏怖の念が、女性からはため息が送られた。

本日は、同盟ファミリーのボスの娘の結婚披露パーティーに招かれ、守護者数名と祝辞に駆けつけた、云わば『客人』であるのだが、ジョットの纏う独特の雰囲気に、まるで主賓であるかのような賛辞が送られる。

「あれジョット、Gと一緒じゃないのか」
「迎えにやったはずなんですけどねぇ」

ナックルが怪訝な表情を浮かべる。Gがいないとなると、警備体制に修正が必要なようだ。スペードは少し離れた位置にいたアラウディに、視線を投げる。それを受けるより先に、アラウディはジョットへ近づき、寄り添うように背後についた。

「遅かったね、どれだけ待たせるの」
「支度に手間取った、すまない」
「あの無駄にうるさい右腕が呼びに行ったでしょ」
「いや、会わなかったけど。すれ違ったかな」
「…そう、まあいいけど」
軽く言葉を交わしたあと、ジョットは人混みをすり抜けるように、主賓のもとへ歩み始めた。アラウディも続く。

主賓へ一通りの挨拶を済ませると、それを確認した多くの人々が、ジョットの元へ順番に集まってきた。同業者もいれば、政治家や金融関係、または医療系の関係者まで、職種は様々だ。愛想良く笑みを交わし合うが、表面上だけで、心の内をいかに探れるかという心理戦を繰り広げているということは言うまでもない。ここでは、感情を表に出したものが、敗者となる。情報収集と権威の確立、それがここでの仕事だった。

ジョットの周りには、たくさんの思惑を抱えた人々が、群がっている。その光景を端から見て、アラウディは滑稽だと思った。くだらない、でもそれをひとつひとつ丁寧に対応しているジョットは、尊敬に値する。ボスとしての仕事を、きちんとこなしている、やはり、組織を統べる者として適格なのだろう。ジョットの一挙手一投足を、アラウディは観察した。

疑問が生じる。何かが、いつもと違っている。ジョットは、何か、明確な意思を持って、『選定している』、そんな気がした。

ふいに、ジョットは、取り巻きの中の一人の女性の手を取り、バルコニーへ誘う。アラウディへ、意味あり気な視線を投げ掛ける。邪魔をするなということか。

アラウディは、くだらない、と心の中で連呼しながらも、後に続く。二人きりにさせるために、周りの連中を適当に言いくるめて遠ざける。

お膳立てはした、もちろん何らかの目的のためだろうが。あまり、見たことのない今まではなかった光景のため、アラウディとしても些か状況を計りかねていた。確か、あの女性は同業者の情報源だったはず。


(これで単なる色恋沙汰だったとしたら、噛み殺すよ…くだらない)


少しばかり時間が過ぎたところで、アラウディはタイミング良く、ジョットの視線に入るように移動した。

…異変を感じた、ジョットがいない。


アラウディはバルコニーへ踏み込み込んだ。テラスの片隅に、先程の女性が、座り込んで気を失っている。息はしている、目立った外傷もない。問題は、ジョットだ。どこにいる…。

「アラウディ、ここだ」
「ジョット」

声の方角に目をやる。
バルコニーの下、庭園にはバラの花が一面に咲き誇っている。その中に埋もれるように、ジョットの金色の髪が揺らめいていた。ふらついている、酒はそんなに飲んでいるように見えなかったが…。


アラウディはジョットの元へ歩み寄る。

「何してるの」
「アラウディ…」

やっぱりふらついている、気分が悪いのだろうか。

「あれは君の仕業?何してああなるの」
「…」
「とにかく、もう部屋に戻った方がいい。後は僕が何とかするから」
「…いや、ここでいい」


ジョットは、アラウディに寄りかかる。何か、様子がおかしい。


「ジョット…」


腕の中で、ジョットは、アラウディを見上げる。琥珀色の瞳に、何か不穏な彩を感じた。いつもとは違う、毒気、マイナスの波長。おかしい…。


「ここじゃなきゃダメだ、とても気分が高揚する。お前も感じないか、この血がたぎるような感じ」
「…何」
「アラウディ。身体中の血が生き物のように蠢いて、こう言うんだ、『奪いつくせ』と…」
「君、おかしいよ…」
「アラウディ、お前には役目があるだろう。私の熱を沈めて」
「答えて、あの女に何をした」


ジョットはアラウディの首に片手をまわし、もう片方の手で頬に触れた。


「アラウディ、お前が欲しい。早く、私に触れて」



これは…。
なんて毒気。禍々しい空気。



アラウディは、ジョットの両肩を掴み、ゆっくりと顔を近づける。


その瞬間、はっきりと見た。ジョットの口元が、微かに邪悪な笑みを浮かべるのを…。


アラウディは、ジョットを、そのまま突き飛ばした。

よろけたジョットは、花壇に倒れかかり、バラの棘で顔や腕を傷つけた。傷口から鮮血が滴る。ジョットは、手のひらを伝う血を、神聖な物を扱うかのようにしばらく眺め、そして、口元へ運んだ。


ビクン、とジョットは痙攣する。一瞬、気を失うかのように、全身の力が抜けた。しかし、すぐ元に戻って、そのまま、アラウディを見つめる。


「…アラウディ」


いつもの、ジョット、だ…。


「戻った?」
「…あの……」
「まったく。何やってるの。簡単にこんな暗示にかかるなんて」
「…暗示?」
「そうだろ…」


アラウディは、テラスへ視線を移す。




………………………………………
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