Novel-Ι

□静寂を詠む者
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闇の淵から、その声は…



『静寂を詠む者』



夢の中で聞いた声は。
誰のものだったのか。

何と言っていたのか、思い出せないが、声だけは覚えている。低く、艶やかな、印象深い声。


混沌とした世界、一筋の光が、闇の中から、連れ出してくれた。その声に導かれて。


振り返れば、深い闇が広がる。血と火薬の臭いがする。それはすぐ近くに、多分それほど遠くない場所に、存在している。



気がつかないフリをしているだけで。



確実に、存在している。





………………………………………


「…ジョット」
肩を揺すられて、ジョットは眠りの淵から引き戻された。全身がだるく、体が強ばっている。呼吸が乱れ、心音は荒く、妙な冷や汗をかいている。

視点が定まると、そこにはD・スペードがいた。

「うなされていましたよ」
「スペード」
「移動中の車の中です。わかりますか」

呼吸を整え、辺りを見渡す。粗いエンジン音の中、上下に揺れながら街中を走る、ジョットはこの車と言う乗り物が好きではなかった。

「どれくらい寝ていた」
「半時ほどですかね、まもなく本部へ着きます」
「そうか、運転手へルートを変えるよう指示してくれ」
スペードは怪訝な顔をする。
「また、ですか」
「あぁ」
無駄な血を流したくないからな、とジョットは窓の外を見る。

「敵の襲撃が察知できるなら、迎え撃つ準備をすれば良いだけのこと。わざわざこちらが逃げるようなこと、つくづく甘い方ですね、あなたは」
「なんとでも言え」

スペードは渋々、運転手へ無線でコード名を告げた。
「隊列車も分散します、これでいいですか」
「あぁ」
「夢でお告げでもありましたか」
「まあそんなとこだ」

適当なジョットの言葉に、スペードはさらに眉根を寄せる。

「まだ呼吸が荒い、顔色も良くない。あなたは時々、何かに精力を吸いとられたかのように、弱々しくなるときがあります。その代わりに、何かを得るために、自らをすり減らしているかのようだ」
「自らの意思じゃない」
「それにしても危険ですねぇ。これがいつ起こるかもわからない、敵の陣中ならいい標的ですよ。酔っていても仕留めることができる、いい獲物だ」
「言ってくれるじゃないか」
「おや、これでも心配してるんですよ」

そんなときのために守護者がいるんだろ、と、ジョットはスペードを軽く睨む。

確かにこのところ、この症状は頻繁に起こる。夢の内容は異なるが、共通しているのが、深い螺旋を描く闇と『声』。超直感による予知夢と言う者もいるが、少し違うような気がする。予知夢ならば、もっと明確にメッセージ性のあるキーワードが残るはずだ。

夢は心の内を映し出す鏡と言う。知らず知らずのうちに、疲れや不安など負の要素が溜まっていたのかもしれない。


「…しかし、あの声」
「声?」
「…いや、何でもない」



暗闇の中、車は何事もなかったかのように進む。本部への裏からの出入口へと。敵襲もなく、平穏に帰路についたジョットたちを、Gが出迎えた。

「ジョット」
「G、今戻った。あとは頼む」
「顔色が悪い、どうかしたか」

Gはジョットの様子に、側にいたスペードを睨みつける。

「スペード、手前ぇまたなにかやったんじゃないだろうな」
「また、ってどういう意味ですか」
「さあな、自分の胸に聞いてみろよ」
「心外ですねぇ、私がジョットに何かしたとでも?」
「心理戦はお前の得意分野だろうが」
「過保護すぎですよG。誰と何をしようが、ジョットはもう一人で判断できる大人だ。それとも、私が無理強いしたとでも?」
「うるせぇ、黙れっ」


わざと煽るような言い方に、Gは怒りの表情を隠せなかった。スペードはいとも簡単にこちらの思うままの感情を表す嵐の守護者を、鼻で笑って一蹴する。


「ふたりとも…。疲れてるんだ。耳元で騒ぐのはやめろ、目障りだ」

渦中のジョットは冷たく言い放ち、足早に自室へと去っていった。


やれやれ、とスペードも彼の後に続こうと踵を返した。
「待てよ、お前本当にジョットに何もしていないんだな、あの夢のことも…」
「しつこいですね、知りませんよ」
「ちっ」


怒りが収まらないGを後目に、スペードはそそくさと退散する。


Gが疑うのも無理はない、とは思う。こういった精神的な攻撃は自分の属性である『霧』の特性でもある。だが、もし自分が、計画性を持って今の状況を引き起こしているのだとしたら、少しつめが甘くはないか、と感じる。自分ならもっと効率的に、最も確実な方法で相手を崩壊させることができる。

ジョットのあれは、そうだな、例えるとすれば、強力な磁力に自ら引き寄せられているかのようだ。

スペードなりに、探ってもみたが、この時代の術者でジョットに対向しうる者は、『自分』以外にはいない。アルコバレーノは今だ伝説の域を出ないし敵ではない。

ボンゴレリングに選ばれし者、適応者として大空に君臨するプリーモ。彼の質量は計り知れない。表に出ている部分は、氷山の一角だと誰しもが感じている。本当の意味で、ジョットを知ることは不可能かもしれない。本人ですらわからないのだから…

しかし。
(妙、ですねぇ…)

スペードは、彼の人の元へ向かう。そう、この時間帯での入室を許されているのは、自分だけ…。
この特権を行使するために、スペードは急ぐ…。




………………………………………




ジョットは、疲れていた。体がべたついている、汗なのか、目には見えない血の滑りなのか…。とにかく、気持ち悪かった。

部屋に戻るとすぐに、衣類を脱ぎ捨て、シャワールームへ駆け込む。体を執拗に洗い込む、白い肌が赤くなるほどに擦る。石鹸の香りが、血生臭い腐臭を一時的に消してくれる。だがすぐに、それは蘇る。嗅覚でとらえるものとは違う、脳内で蠢く得体の知れないものがかぐわす臭い、いや記憶から呼び覚ますある種の知覚臭なのか。

よくわからないことが多すぎる。

そして、今夜も見るのだろう。意識が混沌とする夢という名の異空間で、俺はまた深い闇の淵へ潜るのだ。ひとり、帰ってこれないかもしれないという懸念を抱きつつ、それでも深淵を除く。恐怖ですらない、好奇心とも違う、これは、…何だ。


考えが廻る。
バスタブに深く浸かりながら、ジョットは、あてもない答えを求めて空を見つめる。とにかく、これは自分だけの問題なのだ。ファミリーに迷惑をかけるわけにはいかない。現に、先ほどの守護者同士の不協和音は自らが招いたことではないか。小さな綻びが、ファミリー全体の崩壊にも繋がりかねない。

対応策を、考えなければ…。


「ジョット、ふやけるまで浸かっているつもりですか」

振り返るまでもない、声の主に、ジョットは我に返る。

「あぁ、すぐ出る」
脇にかけてあったバスローブを羽織り、バスタブの湯を抜く。湯から上がると体がヒヤリとした、長く浸かっていたわりには体の表面は冷えている。

一連の動作を経て、入り口の侵入者へ目を向ける。スペードは腕組みをして、あきれた顔でこちらを見ていた。

「どうかしたか」
「あなたという人は…」
「言いたいことは明日聞く、今は疲れてる、ひとりにしてくれ」

ジョットは伏し目がちに言うと、スペードの横を通り抜けようとした。瞬間、スペードは、その腕をつかみ引き寄せる。間近にスペードの藍色の瞳があった。真っ直ぐな視線に思わず目をそらす。

「象牙色のきれいな肌が、赤くなるまで何してるんですか」
「…スペード」
「意外とデリケートなんですね」
「何?」
「夢でうなされてご機嫌ななめですか。マフィアのボスがこんな状態とは、情けないですね」
「なんだとっ」

ジョットはスペードを睨み付ける。

「怒ったあなたもかわいいですよ」
「からかうなっ」
「ふふっ」

瞬間、ジョットのからだが宙に浮く。スペードに軽々と抱き上げられたジョットは、寝室のベッドに放り投げられた。

「な…何する…んだっ」
「何って…、決まってるでしょう」
「えっ?」

スペードの艶のある声に、ジョットは顔を赤らめる。ベッドに押し倒され、両手を押さえられ、頭上から見下ろされて、ジョットはからだを強ばらせた。

身をすくめて、次にくるであろう行為を覚悟するも、一向に動く気配がない。

ジョットは薄目を開けて確認する。その瞬間スペードは、ジョットの鼻をぎゅっとつねった。

「な、なっ、何してんだよっ!」

スペードは、身をよじって声も出ないくらいに笑い転げている。

「スペード!」
「ククッ。何か期待させてしまいましたか?顔が真っ赤ですよ」
「だからからかうなってっば」
「おや、元気が出たようですね」

スペードは、ベッドの上で拗ねて座り込むジョットの頭を、肩に引き寄せた。

「笑ってるあなたの方が数段かわいい」
「…今日は意地が悪いぞ」

「うじうじ悩んでるなんて、あなたらしくない。答えは、意外とシンプルなものかもしれませんよ」
「えっ?」

「ボンゴレリング…あなたは選ばれた適応者だ。これこそ、謎の宝庫じゃないですか。不可思議な現象には、リングが関係してると考えてもおかしくないでしょう」
「ボンゴレリング?」

ジョットは再びスペードに向き直る。

「ボンゴレリングの起源を聞いているでしょう」

「…ボンゴレ独自の縦の時空軸が形成され伝承されゆく」

「そう、それです。あなたの様子はまるで、異世界へ飛んできた者のようだ」

どこまでも続く闇、上っているのか下っているのか、わからないあの不思議な感覚。時空の闇を通っていたのだとしたら…

「夢じゃないってことか?」
「あくまでも推論ですけど。私も空間を操るものとして、あなたの症状が気になりましたから。時空を超えるということは、肉体的にも精神的にもダメージが大きいのです。例えるなら、自身が一度細胞レベルまで分解され、再度構築するという過程を繰り返しているようなもの」
「なんのために」
「リングの意思ならば、私にはわかりかねます。が、すなわち、あなた自身のことでもある。心の奥底で、『理解して(わかって)いる』んじゃないですか」


スペードの言う通り、ボンゴレの伝承による現象であるならば、これは、使命。血脈が隆々と受け継がれていくために、自分に課せられたことなのだと思う。

縦の時空軸、つまり、過去や未来に、呼ばれていたのか。必要があって、リングが引き寄せられているのか。

闇は、無ではない、無限なのだ。あの静寂には、必ず意味がある。血と火薬、そして、あの『声』にも。


「そうだな、自分の意思だと思うと、少しは気が楽だ。原因は俺の中にある、あとは根気よく、それと向き合えばいい」
「無理はしないことです。リングは自ずと答えを導きだすはず。迷ってもあなた一人ではない。もっとあなたの『霧』を頼ってみればよいものを」


スペードは、背中からジョットを抱き締めた。


「時は廻るのです、ボンゴレの存続を確かめに、未来を覗きにいっているのかもしれないですね」

抱き締める腕に、力がこもる。

「今夜はこのままあなたを抱いて眠ります、闇に引きずり込まれないように。命綱になりますよ」

二人はベッドに横たわった。

「ありがとう、スペード、きっと、もう怖くない…」

静かに、目を閉じる。
スペードの体温を感じながら、安心して眠りにつく。


………………………………………



そして、ジョットは潜る。


闇の中で見た一筋の光は、過去と未来を繋ぐ案内板。


暗く、深い闇、静寂が包む、この地は…



未来の、お前の魂か…



繋がれている



あの声は



鎖に繋がれたお前が







俺を、視ている



『サ…ワダ…ツナ…ヨシ』



誰かの、名を。



呼んでいる…













end

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