Novel-Ι

□空が泣くから
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ここにいる意味なんてたったひとつしかないんだ。




『空が泣くから』





その朝、アラウディは怒っていた。

「どういうことなの」

その日通されたのは、いつものボス専用執務室ではなく応接室だった。アラウディはソファに座ることなく両腕を組んで壁に寄りかかり、部屋にいるもうひとりの守護者を斜めに睨みすくめた。

「ジョットが怪我したってどういうこと」
「すまない、俺の責任だ」

嵐の守護者Gは射すくめるような視線に堪えきれず伏目がちに答える。


昨晩、ボンゴレ本部はある組織への極秘作戦を決行した。結果、作戦そのものは成功に終わったのだか、ジョットが負傷するという事態になった。幸い命に別状はない程度の傷ですんだという医師からの報告であったが、目覚めたジョットは自室に閉じ籠り誰とも会おうとしないのだという。ジョットと共に行動していたGにさえ、面会を拒んでいる。

「当たり前だね。こんなことあってはならないよ、君がいたというのに。説明して、何があったの」

「作戦は直前に各守護者へ打診してあったはずだからわかるだろ。実際に動けたのは俺だけだった」

「知ってるよ。ただこの件は僕の独断では動けない。方向性が僕の組織の正義とは多少ずれていたからね」

ボンゴレは活動の資金源確保のため、アフリカ大陸のとある土地の金の採掘権をめぐる交渉のテーブルについていた。
ところが、交渉中はいかなる場合も直接相手方と接触してはいけないという暗黙のルールを、手をあげていたある組織がやぶり、権利書を無理やり奪い取ったことが判明した。
ボンゴレ以外にも有力なマフィアや組織が交渉の席上についている。ことが露見すればマフィア界のみならずこの国の経済界にも打撃を与えるような大惨事になりかねない。
そこでジョットは、裏切った組織を説得して元の状態に戻すべく、ボス自ら敵地へ乗り込んで隠密裏に事を収集しようと作戦を決行したのだ。

「ジョットは相手方のボスと話し合いをもって決着しようとしたが決裂した。その上で強行手段に出た」
「もともとその組織には黒い噂しかなかった。当然の結果だね」
「権利書を俺と部下数名で奪い返しに行った。戻ってきたとき既にジョットは、腕から血を流してうずくまっていた。俺たちの問いかけには答えず、空の一点を一心不乱に見つめて」

バンッ…
と、アラウディは組んでいた手をほどき片方を壁に叩きつけた。

「つまり、ジョットの真意はわからないということ?」

Gは無言で頷く。

「そう」
そう言い放つとアラウディは、もう用はないとでも言わんばかりに踵を返して部屋から出ていこうとした。
「アラウディ、まだそっとしておいてやってくれ。あんなジョットは見たことがないんだ。きっと何か理由があるはず…」
「興味ないね、僕には僕のやり方がある」

制止を無視してアラウディはその部屋をあとにした。向かうはジョットの執務室。途中何人かの護衛が遠慮がちに近づいてきたが、一瞥すると自ずとさがっていった。

(ジョット、僕は怒っているんだからね)

足早に歩きながら、アラウディは怒りを押さえられず殺気をみなぎらせていた。その手には武器である手錠をもが用意されていた。それを見た執務室前の最後の護衛は、さすがに制止せざるを得なかった。

「アラウディ様、おやめください。ボスは今養生中でして」
「うるさいよ、どいて」
「アラウディ様っ、ぐはっ…」
「入るよ、ジョット」

護衛をなぎ倒し、アラウディは執務室の扉を開け放った。

室内にはジョットの姿はなく、執務室の奥へ続く中扉が少しだけ開いていた。ボスのプライベートスペースだ。アラウディは迷わず足を踏み入れた。

ジョットは、…いた。
左上腕部に血の滲んだ包帯が巻かれ、上半身は裸に白いシルクの肌着を羽織っただけの姿で、ソファに横たわっていた。琥珀色の瞳は虚ろで、薬のせいだろうか、気だるさが全身を覆いつくしている。動くことさえ忘れたかのように身じろぎもせず、その姿はまるで美しい彫刻のようで、アラウディははっと息を飲んだ。

「ジョット…」

呼び掛けにやっと室内に自分以外の人間がいることに気づいたのか、ジョットはおもむろに自らの雲の守護者を視界に捉えた。

「…アラウディ、どうして」
「何それ」

ジョットはまだ視点が定まらない。アラウディの言っていることがよくわからないようだった。

「遠方の…偵察中だと聞いた」

なぜここにいるのか、そんなことはどうでもいい。なんだその姿は。

「許さないよジョット」

アラウディはジョットを睨み付ける。

「どうして傷つけたの」
「これは…」
「君の身体、なんで傷ついてるの」

鋭い視線がジョットをとらえる。大したことはない、単なるかすり傷だ、とジョットは少し伏し目がちに笑った。

「俺の不注意だった、心配ない」
「違うでしょ。君が作戦中にそんな隙を作るわけがない」

買い被りすぎだ、いつも完璧ではいられない…。そんなジョットの適当な答えにアラウディは納得しなかった。

「ひとりになったのはどうして」
「部下がいた」
「嘘だね、怪我したとき君は部下を遠ざけていたはず」
「なぜそう思うんだ」
「誰と話していたの?」

のらりくらりと話をそらそうとするが、相手が悪かったらしい。守護者とはこうも察しが良いものかと、ジョットは自分の選定眼をこのときばかりは恨めしく思った。

「ジョット、僕の情報網をなめないでくれる?君とあの組織、無関係じゃないよね」

ジョットは眼を見開く。そこまで、知っているというのか。

アラウディは横たわるジョットに歩みより、視線が同じ高さになるよう跪いた。冴え渡る眼光に、眼を逸らすことができない。ジョットは少し身体を起こして、視線の高さをほんの少しだけ上に保った。

「…知っているのか」
「君が養護施設出身ってこと?そんなこと大したことじゃないね」
「…」
「僕は君の過去には興味ないから」

アラウディはジョットの頬に手を触れる。

「でも『過去』が君を傷つけたのなら話は別だ。
施設の支援者は、今回のヴィッサローニ・ファミリーの二代前のボスだろう」
「…よく調べたな」
「時には命を預ける相手の素性くらい、知っておいて当然だよ」
「アラウディ」

冷ややかな表情の中に、わずかに甘い優しさが入り交じる。

「その頃はまだヴィッサローニも温厚なボスのもと地域的活動に熱心な小組織であったらしいが、代替わりして組織の状況はがらりと変わる」
「…」
「ちょうどその頃、君はある不幸な出来事をきっかけに施設を出ることになった、施設の全焼という災難によって」
「…昔の話だ」
「施設の全焼によって君はボンゴレの前身であるボヴァ・ファミリーへ迎え入れられた。そして現在のボンゴレへの礎を築いていくこととなる。…ここまでが僕が知る限りの、君の過去のアウトラインだ」

アラウディは、ジョットの表情のわずかな変化を見逃さなかった。

「ここからは僕の想像だ。君はヴィッサローニの幹部、それも表に出てきていない裏の関係者と秘密裏に会い、その傷を負わされたんじゃない?例の火事がらみの関係者に」

事の核心に触れられ、ジョットはコクりと息を飲んだ。アラウディは真剣な面持ちで見つめている。心配してくれている、その気持ちが痛いほど伝わってきた。

「今日はよくしゃべるんだな、いつもそうならいいのに。アラウディのことももっと知りたい」

ジョットは琥珀色の瞳にしっかりとした意思を宿して語り始めた。

「施設にいたのは、まだ年端もいかない子供の頃だ。自分の置かれた状況や周りの大人の事情なんて理解できるわけもなく、毎日、ただ明日生きることだけを考えていた」
「…」
「この頃から覚悟の炎を灯せたんだ。当然気味悪がられていつもひとりだった。優しく接してくれたのは、時々訪れる初老の紳士、ヴィッサローニのボスだということはずいぶん後で知った」

ジョットは懐かしむように眼を細める。

「ボスと共に訪れていた少し年上の少年がいた。施設の裏山でよく遊んでいた記憶がある」


………………………………………


「ラウル、こっち」
「待ってジョット、もっとゆっくり走って」
「ここ俺の秘密の場所なんだ、きれいでしょ」
「すごい、街が全部見渡せる」
「ここでいろんなこと考えるんだ、明日はあの赤い屋根のうちのいじめっ子と決闘するんだっ、とか」
「ジョットは強いんだね、怖くないの」
「怖くないよ、みんな俺のこと変なやつだと思って怖がってるからちょうどいいんだよ」
「そっか、でもねジョット。君は変じゃないよ、その額の炎、とてもきれいだ」
「ラウルの青い眼もとってもきれいだよ、俺、ラウルみたいになりたかったな」
「ジョット…」


………………………………………


「ラウルは、優しい兄のような存在だった。でもあの夜、あの火災が起こった夜…」

「妙な胸騒ぎがして起きると、奥の部屋から火の手が上がっていた。俺は急いで寝ていたみんなを起こして外へ出るように触れ回った。夢中だったからとにかく走り回って伝えた。火がどんどん迫ってくるのにも気づかずに。気がつくと火の海に取り囲まれていた、その後の事は覚えていない。次に意識を取り戻したとき、俺はボヴァの家に引き取られたあとだった」

「薄れゆく意識の中で、炎の向こうにラウルの姿を見たような気がした。ラウルがもしあのときいたのなら、火に巻き込まれたかもしれない。確かめたかったが、どうすることもできなかった。あの火災で数人の死者が出たということは後から知った」

「子供である自分がくやしかった、何もわからず何も知らされず。後にヴィッサローニの存在を知り、幹部のリストを取り寄せたが、そこにラウルの名はなく、彼はあの火災で死んだのだと思った。どのみちラウルがボスの血縁かどうかも俺は知らなかったんだ」



長い回想にアラウディは黙ってジョットを見つめていた。時折り、頬に置いた手で、その艶やかな金の髪を愛おしそうに撫でながら。

「だから、驚いたんだ。昨夜、ラウルが目の前に現れたとき…」




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