ヴァンガード短編

□あなたは独りじゃない
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アイチは夢を見ていた。

アジアサーキットを制覇した時の自分、ブラスター・ブレードを失った時の自分、日本一になった時の自分、
力の闇に飲まれた自分、多くの仲間とめぐり合った自分、櫂からブラスター・ブレードを受け取った自分、そして苛められている自分。

現在から過去へと遡っていく記憶の流れ、自分の歴史。

しかし、これは本当に自分なのか。昔の自分と今の自分、まるで別人ではないか。
もし、もしも今が幻で、本当の自分は何も変わらず苛められ続けているとしたら。
もし、苛めに耐えかね、自ら最悪の道を進んでしまっていたら。

このイメージは不安から恐怖へと変わって行き、闇が全てを包み込もうとする。

このまま自分はひとり、孤独に苛まれて沈んでいくのか。


その時だった、

―いち・・・アイチ!―
―アイチ!―

自分の名を呼ぶ声、それも2人。

その声の方へ、光の方へ進んでゆく。



「アイチ!確りしなさい!」
「起きな、アイチ!」

目を開けたアイチは、身を乗り出して覗き込むコーリンとミサキを確認した。

「・・・どうして?」
「学校が終わって、配布されたもの持ってきたのよ」
「様子を見ようとしたら、アイチが泣いてたから」

言われてアイチは気付いた、自分の目から横に流れ落ちた水滴の存在を。体を起こし名残を拭う。

「悪い夢でも見た?」
「話せる?」

2人が尋ねると、アイチはゆっくり口を開く。

「今までの自分を見ていたんです・・・それが今と昔が違いすぎて、本当は何も変わってないんじゃないかって、独りなんじゃないかって・・・そう思ったら、怖くなって」

昔に戻りたくない、息が詰まり、周りの何もかもが嫌だった頃に戻るのは。
言葉にする事で心の奥底に隠れていた不安が現れ、アイチは表情を曇らせて俯く。

初めて明確な弱音を聞いたミサキとコーリンは一瞬驚くが、直ぐに行動に移す。

「あんたは何も変わってないわ、アイチ。気弱で、謙虚過ぎで」
「コーリンさっ・・・っ!!」

コーリンはベットに座ると、アイチの手を取り、腕を絡ませて引き寄せた。次はミサキ、

「でも優しくて真面目で、気遣いが出来て、そう言うところがアイチの魅力なんだよ」

ベットに上がってアイチの後ろから腰に手を回して密着する。

「ただそれを、前までは魅力と捉えてもらえなかった。それだけだよ」
「それと、今のアイチはちゃんと変わった。困難に立ち向かう勇気を持ってるでしょ」

2人の励ましの言葉、温もりと柔らかさが、暗く凍えそうになったアイチの心を暖める。
同時に、自分はミサキやコーリン、多くの仲間に支えられている事を改めて自覚する。

「・・・ありがとうっ・・・ごめんなさいっ」
「アイチは謝りすぎよ」
「今はありがとう、だけでいい」

頷いたアイチは、小声でありがとうと伝えると、頬に一筋の涙を流したのだった。



ミサキとコーリンはリビングに降りた。アイチに飲み物を持っていく為だ。

「ごめんなさいね、あの子の為に」

シズカがスポーツドリンクを注いだコップを乗せたトレーをミサキに渡す。

「いえ、彼には何時も助けられていますから」
「こう言う時ぐらい恩返ししないと」

そう言う2人にシズカは一瞬唖然となると、突如クスクス笑い始めた。
訳が分からず困惑するミサキとコーリン。

「ごめんなさいね。あの子がこんなに綺麗な女の子達に好かれてると思うと、嬉しくなって」

綺麗と言われて同時に顔を赤くし、ミサキは危うくトレーのコップを倒しかけてしまう。

「小学校から苛めを受けてたから、あの子中々友達が出来なくて、女の子となんて全く話も出来なかったのに」

この1年あまりの変化を、シズカは喜ばしく思っていた。

「息子を、これからもよろしくお願いします」

穏やかな表情で深く頭を下げる母親の姿に、ミサキとコーリンも頭を下げた。



階段を登りながら2人は思う。

『今後、アイチがあたしとコーリン、どっちを選ぶかは分からない。でも、』
『言いっこなし、何て簡単に割り切れないかもしれない。けれど、』

今日と言う日は、自分達にとって先導アイチと言う存在がどれだけ大切かを再認識させられた日だった。

いずれ訪れる未来、自分達のどちらがアイチに選ばれ、その先の未来を共に歩むのかは分からない。
それでも、その時まではアイチを自分達で支えていきたいと思う。


『『アイチを、独りにはさせない』』


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