ヴァンガード短編
□あなたは独りじゃない
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〜あなたは独りじゃない〜
宮治学園高等部、1時限目。
立凪コーリンは数学の授業を受けている。
数日前の、自分が所属している部活の成立云々の騒動が嘘の様に静まり、今は彼女が望んだ学生生活を送る事が出来ている。
生徒会が何時どんな形で妨害をしてくるか分からないが、考えても仕方がない。
数学教師の小難しい数式の説明を聞きながら、コーリンは目の前の席にいる男子生徒の後姿を見詰める。
彼は先導アイチ、彼女が所属しているカードファイト部の創設者であり部長であり、想いを寄せている少年でもある。
初めて会った時は気弱で見下していたが、何事にも一生懸命に頑張る姿を見て手を差し伸べたり、傷つき悩む姿に自らも胸を痛めたりした。
そうしている内に次第に惹かれて行った。
この学園を転入先に選んだのは、高学歴校であるからアイドルと言う肩書きが薄くなるだろうと言うのもあるが、アイチが通うからと言うのも理由になる。
『私って、何時から恋する乙女みたいな事してるんだろ・・・』
過去の自分とを照らし合わせて、らしくない今の姿に心の中で苦笑する。
そんな事を思い返していると、アイチが教師に呼ばれた。どうやら黒板に解答を書く様だ。
自然とコーリンの目がアイチを追う。
その時だった。
―バタンッ!―
アイチが転倒したのだ。あまりにも突然で一瞬静まるが、少しずつザワザワし始める。生徒の中にはクスクス笑う者もいる。
当人は苦笑して周りに頭を下げながら立ち上がった。
コーリンは胸騒ぎがした、如何にアイチと言え何もない所でこけたりはしない。目で追っていたから、誰かに足を引っ掛けられたという事もない。
その直後、彼女の不安は現実のものになろうとしていた。
教壇に上がろうとしたアイチだったが、足が滑ってまた倒れそうになる。
手を付いて顔を強打する事は無かったが、起き上がる事が出来ないでいた。
「あれ・・・あっ・・・」
そのまま、アイチの体はゆらっと傾き、床に倒れて動かなくなった。
「アイチ!!」
「オイ、大丈夫か?!!」
「先導くん!」
コーリンが駆け寄り、石田ナオキ、小茂井シンゴもそれに続く。
倒れたアイチは呼吸が荒く、頬や額は熱を帯びているにも関わらず、顔色は青ざめていた。
コーリン達が名を叫ぶ中、アイチは意識を飛ばしたのだった。
まどろみの中、アイチは徐々に瞼を開ける。
「・・・ここ、はっ」
視界に映るのは白い天井、周囲はカーテンで囲まれており、自分は白い布団のベットの中にいる。
少しだけ首を傾ければ、壁には自分のブレザーがハンガーに掛けられていた。
状況が理解できず、体のだるさに抗おうとした時、カーテンが開けられた。
「っ!アイチ、起きてたのか?!」
「僕、先生を呼んでくるのです!」
顔を覗かせたのはナオキとシンゴだ。
シンゴと入れ替わりでコーリンがやってきて、側の椅子に座る。
「アイチ、大丈夫なの?」
「コーリンさん・・・僕は?」
「お前、覚えてねぇのか?ぶっ倒れて俺達が保健室に連れてきたんだぜ」
そうここは保健室、倒れて意識を失ったアイチはコーリン達に担ぎこまれたのだ。
因みに、今は2時限目の中休み。
シンゴが保健の先生と共に戻ってきた。
「先導君起きたのね。ちょっと待ってね、今解熱剤用意するから」
白衣を羽織った女性の先生は至って冷静に薬の準備をする。この様子からして急病と言う訳ではない様子で、コーリン達は安堵の表情を浮かべる。
「しっかし焦ったぜ、倒れた時はよ。実際、お前熱が38度超えてたんだぞ」
「そう、なんだ」
「あんたねぇ、自分で気付かなかったの?」
「あははっ、ごめんなさい」
苦笑するアイチだが、今のこの姿では痛々しく見える。
すると、容易しながら先生が話しかける。
「あなた、噂のカードファイト部作った子でしょ?生徒会に目をつけられながら、部活を作るなんて大したものだわ」
呆れ口調の彼女から察するに、生徒会の権力はこの学園では相当のものの様だ。
「それで色々頑張りすぎたんでしょ。高校生活にも完全に慣れてないみたいだし、無理が祟ったのね」
その言葉でコーリン達はハッとなる。
元々、カードファイト部はアイチ1人で立ち上げ、広告のビラもアイチが作り1人で配っていた。
生徒会からの妨害は何度もあり、コーリン達が加わって部としての形が出来たとは言え、決して楽なものではなかった。
それを、気弱な性格の彼が勇気を持って真っ向から挑み続けた。
そして、それらの負担をアイチは一切口に出さないのだ。それはもう1つの真面目で気遣いすぎると言う性格が災いしたからだろう。
結果は見ての通り、人一倍学生としても頑張り続けた所為で肉体の疲労がピークに達してしまったのだ。
コーリンに起こしてもらい、先生から渡された薬を口に含む。水を、むせない様に少しずつ飲んで流し込んだ。
「・・・ごめんなさい、皆に迷惑かけて」
不意に零れたアイチからの謝罪。これも彼の悪い癖の1つ、謙虚すぎると言う事。
「アイチが謝る事なんてないでしょ。寧ろ謝るのは私達の方よ」
「そうだな、毎日一緒にいて気付いてやれなかったんだし」
「先導くんの頑張りに、僕達甘えてたのです」
3人が己の至らなさを口にする。
『・・・私のバカ』
特にコーリンは想い人の異変に気付いてやれなかった自分を悔いている。
その時、ドアを勢い良く開ける音が保健室内に響く。
「アイチ!」
やってきたのはカードファイト部唯一の2年部員―で、コーリン同様アイチに想いを寄せている―戸倉ミサキだ。息を切らせている辺り、走ってきたのだろう。
「ちょっとミサキ!はぁ、はぁ、置いてかないでよっ」
友人の四会アカリが文句を言いながら追いついてきたが、それを無視してミサキはアイチの元へ、コーリン達の反対の位置に駆け寄る。
「アイチ、大丈夫?!」
「あ、はい、何とか。疲れが溜まってたみたいで、心配かけてすみません」
笑ってみせるアイチだが、やはり表情に力が無い。額に触れてみるミサキ、手に伝わる熱さがアイチの辛さを物語っている。
解熱剤が効くのはもう少し後だろう。