ヴァンガード短編

□これが私の本気
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〜これが私の本気〜


宮治学園高等部、あたしが2年に進級した新学期早々に広まった噂がある。


―1年の男子生徒が、アイドルと仲良くなる為にカードファイト部を作っている―

その生徒があたしの良く知る男の子、先導アイチだと言うのは直ぐに分かった。ただし、アイドルと仲良くなる為、と言う所はハッキリ言って誤解だ。
アイチはそんな下心の為に部活を、ましてはカードファイトを利用する事は絶対にしない。アイチはカードファイトを誰よりも大切にしているのだから。
でも、そのアイドルが少し気がかりだった。

1年の、しかもアイチのクラスに転入してきた彼女、立凪コーリン。カードファイトを知る知らない関係なく名の知れた3姉妹アイドルの次女。
彼女は知らない仲ではない。彼女達姉妹が経営しているカードショップPSYには何度か足を運んだし、助けられた事もある。
ただ、あたしが気にしたのは、コーリンがアイチを意識していると言う事。それこそ、異性への好意のレベルで。

何故分かるかって?だって、あたしも同じだから。

アイチとはヴァンガードで何度も一緒に戦った。あたしが本格的にヴァンガードを始める切欠を作ったのもアイチだと言っていい。
それに、アイチは優しくて、他人の痛みを理解できて、大切なものの為に一生懸命になれる勇気を持ってる。そんな彼に次第に惹かれて行ったわけだけど。

カードファイト部を作るのなら、あたしは入ってもいいって思った。でも、コーリンと作ったと言うのが引っ掛かった。

―何であたしに最初に言ってくれなかったの―

自惚れかもしれないが、あたしは誰よりもアイチと一緒にヴァンガードをしてきたと思ってる。なのに、どうしてコーリンと。
その事がずっと心にあって、納得いかなくて、意固地になって何度も誘いを断ってしまった。友達のアカリに見抜かれて口では否定したけど、内心は図星を突かれハラハラしてた。


でも結局、あたしは5人目の部員として入部した。切欠が、コーリンの挑発をあたしが受けたから。

入部試験としてアイチとファイトして僅差で勝利。晴れて部が成立するかと思ったけれど、生徒会の連中がそれを認めなかった。
顧問の居ない部には実績が必要だとか言って、強豪校に勝てば認めるという用件を突きつけてきたのだ。

良いよ、絶対に負けないから。




翌日の放課後、アイチ達はカードファイト部の部室(仮)の物理準備室に集まっていた。
試合の日程が決まれば伝えると言われたので、それまでに準備を整えておかなければならない。

そうやって各々自分のデッキの調整をしていると、

「アイチ、ちょっといい?」

ミサキがアイチに話しかけてきた。

「ミサキさん、どうしました?」
「ねぇ、何でカードファイト部を作ること、コーリンには言って、あたしには言わなかったの?」

ミサキは心のわだかまりを口にした。アイチ1人にではなく、周りにギリギリ聞こえる声量で。

「別にそれがどうって訳じゃないけど、ただちょっと気になったって言うか・・・悔しかった」

最後の台詞は小さくなったが、本音を隠さず現すミサキ。
言われた本人は返答に困っているが、助け舟を出したのは石田ナオキだった。

「な、なあ、番長。その話誤解だぜ」

番長と呼ばれたミサキはナオキの方を向く。外見から宮治学園の女番長などと言う異名が付いてしまっているが、それは別の話。

「アイチは1人でビラ配りしてたんだ。俺達は自分から入っただけだぜ」
「それって・・・」

面を食らった様な顔をするミサキに、コーリンが溜息を付いて説明する。

「つまり!アイチが直接声をかけたのはアンタだけってことよ」

ナオキもうんうん頷き、もう1人の部員小茂井シンゴも首を縦に振る。

「・・・そうなの?」
「は、はい。よくよく考えると、そうなりますね」

気付いてなかったのか、苦笑いをするアイチ。

『そっか、あたしだけ、か』

思い違いをしていたが、代わりに自分だけがと少しだけ優位であった事に喜ぶ。
同時に、この程度の事でも喜ぶ自分は本当にアイチが好きなんだなと再確認する。

「ミサキさん?」
「え?あ、もう大丈夫、ありがと。あたし、先に帰るね、店の手伝いしないと」

そう言うとミサキは手際よく荷物を纏めて、じゃあ明日と部室から出て行った。


階段の踊り場から降りようとすると、

「そんなに嬉しい?アイチから直接勧誘された事が」

背後からコーリンに話しかけられる。振り返ると、互いの強気な視線が交叉する。

「ああ、そうだね」
「へぇ、否定しないんだ」
「否定する理由がないからね」

一触即発、この場を見たものは今にも喧嘩が始まるのではないかと思えるほど空気が張り詰めている。

「コーリン、あんたが部に入った理由は?」
「カードファイトをしたいからよ、本気のね」
「それだけ?」
「何が言いたいの?」

質問を質問で返すコーリンに、ミサキは1度目を瞑って答える。

「あたしが入ったのは勿論本気でカードファイトをしたいから・・・そして、アイチの側にいたいから」
「っ!!・・・あんたっ」
「誰かを助ける、守る事は悪い事じゃない。十分な動機になるし、あたしにとっては力になる。アイチを助ける事、守る事、それは本気でカードファイトをする事にも繋がるから」

コーリンにアイチへの想いを伝えるミサキ。そうするのは、相手が同じだから。

「あんたもそうでしょ」
「・・・何を根拠にっ」
「あたしがアイチに勝った時、嫉妬の声が聞こえたよ」

顔を一気に赤くするコーリンに、ミサキは不適な笑みを浮かべる。
ミサキの入部が決まった時のアイチの喜ぶ様を見たコーリンが思わず発した言葉、

―私の時より嬉しそうね―

明らかにミサキへの嫉妬が込められている。


「あんたもアイチを助けたいと思ったんだろ?勿論、カードファイトを本気でしたいってのも間違ってない」
「・・・だったら何?私を追い出す?アイチを取られないように」

最早隠す意味が無くなったコーリンは、自虐的な言葉で食って掛かった。
だが、

「そんな事するはずないじゃないか。ライバルがいる方が恋は燃えるだろ」

意外なミサキの返答に呆気に取られた。

「それに、あたしはアイチを困らせたくないからね。あたし達がギスギスして部の雰囲気を悪くしたくないし」
「・・・そうね。アイチに迷惑をかける為に入ったわけじゃない」

アイチの為に、その点だけは2人の利害は一致している。

「いいわ。暫くは休戦ね」
「そうだね、今は部を成立させる事が先決。でも忘れないで、あたし達は同じスタートラインに立ってる。どっちが先に抜け出すか」
「そして、どっちが先にゴールに辿り着くか」

2人のゴールは、当然アイチの恋人と言う立場。

ミサキとコーリンは同時に反転して歩き出した。

『『絶対に負けない』』

心に秘めた決意は近い未来に起こる他校との試合、そしてそう遠くない未来に向けての宣戦布告。


彼女達の本気に揺るぎはない。


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