薄桜鬼-読み物-

□はじまりの日
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これはまだ、私が新選組に保護されて間もない頃の出来事―――




夜中、ふと手水に行きたくなり目が覚めた。
夜間に部屋から出ることを禁じられているため、普段から気をつけてはいたのだけれど…

今日は平助君に誘われるまま、夕餉後にお団子をお茶受けに長い時間話し込んでしまったのだ。
眠る前に多量の水分を取れば、手水にも行きたくなる。
私は眠りに就く前の自分を反省しながら褥から抜け出した。

勝手に部屋から出ることに抵抗はある。
だけど、生理現象はどうしようもない。
それに人を呼ぶには申し訳ないし、なにより恥ずかしい。


私はそっと障子を開けて辺りを見回した。


「よし、誰も居ない」


意を決し、足音をたてないようにそーっと厠へ向かった。

お世話になりはじめた頃は監視されていたけれど、ここ一月ほどは少し信用されたのかある程度の自由が許されていた。
監視の目がなくなり、食事は広間で取れるようになった。
少しくらいなら部屋から出ても許されるようになったし、雑用を手伝わせて貰えるようにもなった。
幹部の方は話しかけてくれたり気遣ってくれ、警戒や敵意の目を感じることはなくなった。


自分が少しずつ受け入れられている様で嬉しく思いながら、用を済ませた。
手を洗うついでにお水も飲もうと井戸へと向かう。

夜中ともなれば屯所も静かで、虫の声がよく聞こえる。
井戸につき、水をくみ上げ目的を達する。
そして部屋へ戻ろうとした時、ふと何かが聞こえた気がして立ち止まる。


こんな刻限、こんな場所に、誰か居るの?
自分の事は棚に上げたようなことを思いながら、耳を澄まし辺りを見回した。




「消す、しかねぇか」


え―?
闇の向こうから声が聞こえた。


けす?
何を?

誰を―――?


自分の中で警報が鳴り響く。
聞いてはいけないと、すぐに立ち去れと。

あの声はたぶん土方さんだ。
感情の籠らない冷たく暗い声音で呟かれた言葉は私が聞いてはいけない類のものだろう。



すぐに戻ろう、踵を返すと同時に首筋に冷たい感触…


「動けば斬る」


聞き覚えのない声だった。
誰だろう?
緊迫した状況にもかかわらず何故かそんな事が頭をよぎった。


「ここで何をしていた?」

「…井戸に用事がありまして」

「井戸に?」

「えぇ」

「なんの為に?まぁいい」


私は羽交い絞めのような体勢でずるずると土方さんの部屋に連れていかれた。
動揺し怯える私もたしかに存在した。
だけど、何故かこの状況を冷静に捉える自分も確かにいた。
久しぶりに敵意の眼差しを向けれたからか、あの冷たい瞳には何を言っても無駄だと悟っていたのかは分からないけれど…

私は諦めと哀しみを感じていた―――





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