薄桜鬼-読み物-

□はじまりの日
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山崎さんに抱えられたまま私はどうしたらいいか分からずにいた。
幸い夜中な為、こんな姿を人に見られる心配はしなくてもよさそうだ。

それにしても、山崎さんってどういう人なのだろう。
怖い、人ではないといいのだけど。
私は山崎さんの冷たい視線を思い出し身震いしてしまった。


「どうかしたか?」

「いえ…」


私の震えに気付いた様で声をかけてくれた。
でも、理由を言うわけにはいかず曖昧に誤魔化した。


「…怖い思いをさせてしまって、申し訳ない」


ぽつりと呟かれた言葉に私はびくりと震えた。
親切にして貰っているのにも関わらず、怖がったのが伝わってしまったようだ。
申し訳なさそうに頭をさげる彼に私は居たたまれない気持ちになった。


「平気です!
それに怪しまれるようなことをした私も悪かったですし、山崎さんはお仕事をされただけです」


私の方こそすみません、と謝れば彼も柔らかい表情をしてくれた。
よかった、山崎さんは良い人そうだ。

私は改めて、自分を抱えてくれている彼を見た。
そして今更で、こんな体勢だが言わなくてはならないことがあると思い出した。



「あの、山崎さん」

「どうした?」

「今更ですし、ご存知かとは思いますが…

私、雪村千鶴と申します」


よろしくお願いします、と言うと同時に山崎さんの歩みが止まる。
山崎さんからは反応がなく不審に思い見やると、彼は私から顔を反らし肩を震わせていた。


…これは笑われている?



「わ、私だって今更だって思ってますよ?
だけど、山崎さんには名乗って貰ったのに私は言わなかったですから!」


それに、一度も呼ばれなかったのだ。
もしかしたら、知らない可能性もあるかもと思ったのに…


「す、すまない。予想外だったもので」


ぷぅっとむくれる私に山崎さんは眉を下げて謝る。
彼のあどけない顔にドキリとした。


「俺は山崎烝だ」



名前を告げると彼は再び歩きだす。
ほどなくして私の部屋へとたどり着き、私は褥の上に降ろされた。


「ありがとうございまいた」


私は深く頭を下げた。


「今日はすまなかった」

「いえ、山崎さんは本当になにも…」

「まだ、君のことをよく知っているわけではないが、」


私の言葉を遮り、山崎さんは言葉を探すようにゆっくりと言った。


「雪村君は信用できる、と思う」

「え?」

「新選組を想い、信じ、あそこまで言える君をすごいと思った。
副長が言った様に俺の負けだった」


私はただ山崎さんの言葉を黙って聞いた。


「君の新選組を信じるその気持ちを裏切れないと感じた。
俺はこの先、きっとあの言葉と想いを忘れないだろう。

…信頼に答えられたらと思う」

「ありがとう、ございます」


山崎さんの言葉が心に沁みわたる。
嬉しさで、涙が滲み言葉が発せない。


「疲れただろう。ゆっくりと休むといい」


彼はぽんぽんと私の肩を励ます様に叩くと部屋を後にした。




山崎さんとはじめて言葉を交わした日。

きっと私の彼を想う気持ちはこの日からはじまった―――





END.
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