薄桜鬼-読み物-

□はじまりの日
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「山崎、お前の負けだ。そのへんにしておけ」

「副長…」


土方さんが戻ってきて、私に向けられていた刀は降ろされた。


「土方さん!」


私はすがるような目で土方さんに救いを求めた。
土方さんの登場で冷静さが嘘のように消え、先程までの恐怖に頭が混乱する。


「こいつがどうしたって?」

「先ほど庭での一件を立ち聞きしていた為、拘束致しました」

「…ほぉ」


土方さんはおもしろそうに私を見やった。


「ち、違います!」

「井戸に用があったとは言っていますが」

「まぁそう言うならそういうことなんだろ」

「副長?」

「へ?」


あっさり認められて山崎さんも私も驚いた。


「良いんですか?
まだ間者という可能性も捨てきれては…」

「いや、それはない。
俺はそれなりに人を見る目があるつもりだぜ」


土方さんの強気な冗談交じりの発言にも山崎さんは反論しない。
土方さんを心から信頼しているのだろう。


「ご苦労だったな、山崎」

「いえ」


これで解散かと思いきや、土方さんは私に向き直る。
あ…、これは怒られちゃうかも?



「おい、千鶴。お前、夜間は部屋から出るなって言ったろうが!

ったく、今回でよく分かったろ。今後、気をつけろよ」

「すみません…」


落ち込む私の頭を土方さんはがしがしと撫でてくれた。


「ひじかたさぁん…」


頭を撫でられると、先程までの恐怖や悲しさが襲ってきて涙が出てきてしまった。


「お、おい、泣くなよ」

「だって、こ…怖かったんですよー」


泣きだした私に土方さんも山崎さんもうろたえていた。
申し訳ないような気もしたけれど、狼狽える二人が少しだけおもしろかった。
せっかくだし、怖かったのも、信じてもらえなくて悲しかったのも本当だから。

もう少しだけ慰めて貰うことにした。


「それに、信用してもらえてないみたいですし」

「俺は信じただろ?」

「はい…」


暗に山崎さんのせいだとでもいうようなやりとりに山崎さんは居心地の悪そうな表情をしていた。
土方さんは私の頬に流れる涙と目元にたまる涙をそっと拭ってくれた。


「あんまり泣くと目が腫れちまうぞ」

「う゛」

「はぁ、さっきは格好良いこと言ってたのにな」


なぁと土方さんが山崎さんにふれば、彼もそうですねと笑った。

私、何か言っただろうか?
分かってない私に山崎さんは助け舟を出してくれた。


「“斬り払ってしまえばいい”か…」

「あれは山崎、お前の完敗だったな」

「はい」


そのやり取りに私は赤くなる。
は、恥ずかしい…
なんて大胆なことを言ったのだろう。


「あ、そ、その…」

「ん?」

「新選組を、信じていたから言えたんです」


まだお世話になり始めて日は浅いけれど、彼らの生き様に触れられて良かったと思う。
見ず知らずの、得体のしれない私を保護し優しく接してくれている。

町の人から嫌われているにも関わらず、京のために尽くしている彼ら。
身分にも人からも縛られず、自由に誠の旗に集う武士の生き様に私は心を奪われていた。



「守るとの言葉を、温かい言葉を、くださる皆さんが集う場所です。
斬られないと信じていたから言えたんです。

それに、ここは私の大好きで大切な場所になりつつあるんですよ?」


笑っていえば、そうかと微笑みが返ってきた。


人から恐れられ踈まれている新選組だけど…私には違う。
大事な大事な居場所。


「ほら、泣きやんで部屋に戻れ」

「はい」

私は立ち上がろうと足に力を―――


「あ、あれ?」

「?どうした?」


立ち上がらない私に土方さんと山崎さん双方の問うような視線を感じる。
ど、どうしよう。


「あ、足に力が入らなくて…」


立てないと小さな声で告げると呆れ交じりのため息が聞こえた。
わ、私だって情けなく思ってます!
今頃怖くなって、腰が抜けちゃうなんて。


「はぁ、山崎。悪いがこの馬鹿娘を部屋まで連れてってやってくれ」

「はい」

「え、いえ、大丈夫です!自分で帰ります」

「立てねぇでどうやって帰るんだ?」

「は、這ってでも…?」

「馬鹿か」


土方さんとそんなやりとりをしていると、ふわりと浮遊感が襲う。


「え?」

「失礼」


山崎さんに抱きあげられていた。


「お、降ろしてください!」

「では副長、送り届けてきます」

「あぁ、頼む」


私を無視して話が進む。
じたばたしている私を見兼ね土方さんはなだめるように言った。


「千鶴、暴れると落ちるぞ。

あと、すまなかったな。お詫びだと思って甘えとけ」


それだけ言うと土方さんは私達を部屋から追い出した。





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