薄桜鬼-読み物-

□はじまりの日
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部屋に土方さんは居なかった。
やはり先程の声は土方さんだったのだろう。


部屋につくと私は乱暴に解放され、部屋の中に転げるように入れられた。
膝と手でとっさに倒れこまないように支える。
入口に背を向け座りこむような体勢のまま振り返る。
入口には黒い忍装束の人が立っていた。

鋭い切れ長の瞳に見覚えがある気がしたが、名前までは分からなかった。
その人は口元を覆っている布をずらし、顔を露わにした。


「監察方の山崎です」


きっと私が誰?という表情だったのだろう。
こんな状況にも関わらず名前を教えてくれた。
そうだ、幹部の方と居る所や土方さんの部屋のそばで彼を見かけたことがある。



そんな私の呑気な思考とは裏腹に刀はつきつけられたまま。


「それで君はあそこで何をしていた?」

「ですから、井戸で手を洗ってました」


詰問するような声音に、私はつとめて静かに返す。
ここでの生活で度胸が付いたのかななんて心で笑う余裕がある。
そんな自分が信じられない。


「君のことは聞いている。
だが、俺はまだ君を信用していない」

「…そうでしょうね」


今日はじめて私達は会ったようなものだ。
そんな人間を信用なんてできないのも分かる。

それでも、私は新選組を信じている。
きっとこの信じる気持が、私の心に余裕をくれる正体だろう。


「監察方は、少しでも怪しいところをみたら疑わずにはいられない」


山崎さんはさらに刀をつきつける。
私が新選組に仇成す者と判断されれば、彼は迷いなく刃をつきたてるのだろう。


久しぶりに感じる命の危機。
新選組に受け入れられはじめた気がしていて嬉しかった。
そんな風に思いあがっていたから罰があたったのかな、と悲しくなった。


「あなたも…山崎さんも、私がここに居ることをよく思われていないのですね…」


ぽつりと漏らした言葉。
多分、当たりなのだろう。
彼は新選組を本当に大事に思っていると言葉の端々、態度から感じる。
だから、私を受け入れられない。
私はどんな危険をもたらすか分からない存在なのだ。
その上、私が居ることで良くも悪くも新選組は、組織は変わっていくだろう。
大事だからこそ、その変化を受け入れられない場合もある。


「不審な行動をとってしまったことは謝ります。
ただ、本当に厠に行って手を洗いに井戸まで行っただけです」


私は緊張感漂う中、信じてほしくて訴えた。
山崎さんはじっとただ黙って私の目を見ている。
刀は相変わらず向けられたままだ。


「信じては頂けませんか?」


まっすぐ彼の目を見た。
山崎さんは微動だにしない。



「分かりました。


…信じて頂けないのなら、

私が新選組(ここ)にいてはいけないというのならば、

その刀で斬り払ってしまえばいいじゃないですか。


そうして止めればいいです」


彼が今まで新選組を守ってきた方法をとればいい。
ここで斬られてしまうならば、私はそれだけの存在にしかなれなかったということだ。





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