dream

□神代もきかず
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涼しい秋風が境内を吹き抜けた。
遠くから入相の鐘が聞こえる。
この時間帯ともなると境内も人が出払い、社は一層物寂しくなる。
その神社の主、龍崎京は社の階(きざはし)に腰掛け、一人ぼんやりと閑寂とした風景を眺めていた。
全くの一人だった。


龍崎は、この土地の人間の営みを眺めるのが好きだった。
人間は面白い。
彼にとって人間という生き物は本当に不思議で不可解な存在だった。
彼らは実に様々な感情を持つ。笑い、怒り、泣き、愛し、時には憎み合い、そして許し合う。更には神が思いもしないような行動を取る時もある。
龍崎にとって、人の時間というのはほんの一瞬、瞬きに等しいものだった。だからよくもまぁそんなに忙しく生きられるものだと感心すら覚えていた。

『案外、貴方は人に興味を持つのですね』

いつか龍崎がそうこぼした時、かの若き陰陽師はそう面白そうに返答した。

龍崎はあの男のことを追憶する。
そういえば、あの時も、あの男はこんな夕暮れ時にひょっこりとやって来た。
「良い酒を頂きました」
この土地で採れた米から醸造した酒ですよ、と手に持つ瓶子を掲げた。
せっかく物思いに耽っていたというのに、よりにもよって…とその時の龍崎は機嫌が悪くなったことも思い出した。

白い狩衣を軽やかに纏ったその年若い陰陽師は、龍崎が知る中でも随一の神通力を持つ青年だった。
その若き神代家の当主はいつも穏やかな笑みを浮かべていたが誰にも心を開いていないことを龍崎は知っていた。
彼は、龍崎が接する数少ない人間の一人でもあり、同時に龍崎が最も苦手とする人間でもあった。

***

「だいたい俺は、あまり人の物事には干渉しないんだよ?」
龍崎は、透き通った酒が注がれた土器の縁を指先でなぞりながらそう呟いた。
「ええ、分かっていますよ」
向かいに腰掛けた男は相変わらず淡々とした口調で答えた。
「…………」
「…ただの独り言です」
そう言って涼しい顔で酒を呷った。

***

「おやおや、まだ呑むのですか?」
彼は飽きれたようにからからと笑う。
「だって君は無茶な頼みごとばかりしてくるから」
呑まないとやってられないよ、と不満げに空の土器を弾いた。
そんなつもりはないのですがねぇ、と彼は苦笑し、酒を注いだ。
実際、酒の味は極上だった。
しかし龍崎はそのことは言わず、ただ黙って注がれた酒を呷った。
いつの間にか日はとっくに暮れ、月影が辺りを照らしていた。
「……きっとこれで最後ですよ」
ふいに彼はぽつりと呟いた。
「え?」
「酒」
「え、ああ…」
彼は、瓶子を傾け、なみなみと酒を注いだ。

***

「全く人間っていうものは本当に…」
空になった瓶子と土器を片付ける様を見ながら、龍崎はそう言って溜め息をついた。
「私はこの土地の者が好きですから。…おそらくこの先もね」
彼は立ち上がりざまにそう言った。
「…俺は君のことは好きになれなかったよ、清稜君」
龍崎は階を降る背中に、半ば投げやりに語りかけた。
「おやまぁ、それは残念」
と清稜は面白そうにからからと笑った。


「いつか貴方にもそういう人が出来るはずですよ」
清稜は一度振り返り、そう言った。
龍崎は依然座ったまま、不貞腐れたように無言で肩を竦めた。
清稜はまた少しだけ笑い、最後に深々と頭を下げた。
そして呆気にとられる龍崎をその場に残し、夜陰へと消えて行った。





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