dream

□龍崎京
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Decommissioned Nuclear Reactor


今宵は満月だ。

だから、ドアを開けた時、彼女が普段は敬遠している化学準備室に居たことも、龍崎京にとって驚くようなことではなかった。
あかねはひどく疲弊しているようで、青白い顔でぐったりとソファにもたれていた。
もしかして眠っているのだろか。部屋に入っても彼女は何も反応しない。静かにドアを閉め、鍵をかける。
手を伸ばし、そっと彼女の長い髪を一房つかむ。彼女の細くて白い首筋があらわになる。そこには赤黒い鬱血の痕と、まだかさぶたになって真新しい傷が残っていた。
「………」
無言で首筋にそってその痕を指先で撫でる。
毒々しく赤黒いその傷跡は、彼女の白く透明な肌に、酷いくらいに美しく映えていた。
「ん…」
彼女は苦しげな吐息を漏らし、身をよじる。閉じられた瞼の先の長い睫毛が揺れる。わずかに開いた赤い唇から、彼女の白い歯が見えた。
「あかね」
名前を呼ぶと、彼女は身体をビクリと震わせ、目を開ける。名前を読んだのが、自分であることに気付いた彼女は、一瞬だけ表情を見せる。戸惑い、安堵、そして恐怖。それらが複雑に入り交じっていた。
「……あ、」
「君は優しい子だね…」
何か言い繕うとしたあかねの言葉を遮るように、そう話しかける。

「"また"あげたの?」
と彼女の首を指さす。
彼女は、ハッとしたかのように慌てて右手で首筋を隠し、目を伏せる。
「忠告したのに…」
わざと困ったような顔を作り、そう言う。
「………」
彼女は何も答えない。
「先生の言うことがきけないのかな?」
俺は大袈裟にため息をついて、彼女の顎をくいとつかむ。
「…悪い子だね」
彼女は瞳に涙をためて今にも泣きそうな表情をしていた。
俺はにっこりと笑うと、彼女の唇を親指で撫でた。
そして机にむかい、引出しを空ける。
カッターを取り出すとソファに座る彼女の前に立つ。
彼女は黙ったままこちらを見あげていた。
俺は、もう一度彼女に静かに微笑みかける。右手でカチカチとカッターの刃を出すと、ためらいもなく左の手の平を裂いた。
一瞬遅れてじわりと赤い血が湧き出る。
それは泉のようにあふれ出し、手の平を赤く染めた。
「怪我しちゃった」
ぽたりと指先からこぼれた赤い滴が床に落ちる。
一瞬、彼女の瞳が紅く光る。

「舐めてくれる?」

身を屈めて左手を差し出す。
彼女は何かにとりつかれたように手から流れ出る血をジッと見つめていた。
彼女は俺の顔を窺う。俺は、無言のまま微笑み、うなずく。
彼女は緩慢な動作で、両手で俺の手を持つ。そしてゆっくりと手の平に顔を近付ける。
だんだんと熱に浮かされたように頬を紅潮させ、口を開き、赤い舌をそおっと伸ばす。
少しずつ、少しずつ、距離が近付く。



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