dream

□駿河幸輝
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Safety Device


 目が醒めるとそこには不安げな表情をした先輩の顔があった。
一瞬その顔と懐かしい誰かの面影と重なる。
「せんせ…?」
しかしすぐにそれは消えさり、気遣わしげな顔の先輩と目が合う。
「あかね…大丈夫か?」
「………はい」
私は一つ瞬き、大丈夫だとその旨を伝える。それでも不安げな表情をしたままの先輩に私は小さく微笑み、体を起こそうとした。
なぜか少しでも早く先輩を安心させたかった。
「…あれ?力入んないや」
体全体がだるく、思うように力が入らない。
「無理すんな」
まだ寝とけってと優しく先輩は言う。
それでもなお何とか体を起こそうと試みる私に、先輩は一つため息をつき、私の上体を支えゆっくりと起こしてくれた。
「…ほらね、大丈夫ですよ」
もう何ともないですから、と私は先輩に微笑むと、つられたように先輩も笑った。


「えっと…ここは」
「保健室だよ、お前急に倒れたってさ」
ほんとびっくりしたよ、と言いながらも彼はやっと安堵した表情を浮かべる。
「何か飲む?…って言っても水しかないけど」
ほい、とおどけた口調でペットボトルを手渡す。手の平の中で水滴のひんやりとした感触が伝わる。
「…ありがとうございます…駿河先輩」

一瞬、先輩は目をハッと見開き、何か言いたげな表情をしたが、すぐに何事もなかったように表情を和らげる。
「いいって。大丈夫?開けれる?」
まだ思うように力が入らない私の手から、先輩はペットボトルを取りキャップを造作無く開ける。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
ごくごくと一気に水を飲む。冷たさが喉を通りこし、渇きを潤す。
「なんだか私、とっても喉が渇いてたみたいです」
「そっか」
良かった、と先輩は目を細める。
「あの…」
「ん?何?」
と優しい顔で先輩が顔を覗きこむ。
「先生は?」
思わず口から出た何気ない問い掛けだったが、その瞬間先輩の表情が凍り付いた。
「先輩?」
何かマズいことでも訊いてしまったのだろうか。辺りが気まずい沈黙になる。
しかし彼はすぐに表情を取り繕い、
「あ…あー"保健室の"先生ならさっきまで居たけど…」
もう帰ったよ、と先輩はどこかすまなそうに弱々しく笑った。
「…そうですか」
どうしてそんなつまらないことを尋ねてしまったのだろう。私は先輩にそういう表情をさせたことに申し訳なさを感じた。
「あの…すみません」
「え、何が」
「いえ…何となく…です」
「変なの」
と先輩はフッと笑ったが、それっきり暗い表情をしたまま、黙ってしまった。
しばらく時計の時を刻む音だけが鳴る。

「帰ろうか」
沈黙のあと先輩は一変して明るい声でそう言った。
送ってくよ、と先輩は立ち上がり手を差し出した。
「…ありがとうございます」
ゆっくりとその手を取ると、先輩はギュッと握った。
「…なんかさっきはごめんな」
そう言って先輩は少し悲しそうに笑う。
「えっ…あの…私こそ…すみません」
「いやお前は謝らなくても…」
困ったように笑う先輩に私は何と言えばいいのか分からずそのまま俯いてしまった。
「本当にごめんな」
「え?」
思いがけない二度目の謝罪の言葉に顔を上げる。
彼は握った手をじっと見るように俯いていた。
だから私は先輩がどんな表情をしているのか、その謝罪が何を意味したものなのかが分からなかった。
ただ、握った先輩の手は僅かに振るえていた。
「…先輩?大丈夫ですか?」
心配になった私は先輩の顔色を伺う。
すると彼は何も言わず笑みを浮かべ、くしゃりと私の頭を撫でた。
泣き出しそうな笑顔だった。


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