ペルソナAs

□移ろいゆくその日常
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 ――五月二十六日。


 世界は移ろう。
 つれて、日常も移ろってゆく。
 ただし、そう感じるのは世界や日常の際限と目見えた時だけで、永劫にも覚える日常の時の流れが変わることが無い限り、皆は移ろいを感じようともしないのだ。

 だからこそ、この平和な日常はいつまでも変わらない。


 道行く人々の中で、大きな世界をそのような価値観で見れるのは錦屋誠(にしきやまこと)の特異な才能であろう。単調な歩みを進める誠の細めた瞳に映るのは、今にも消えてしまいそうなほど澄まされた青さであった。

 そこにはゆくりなく現われる一抹の白みも存在しない。また、淡い単色に統一された朝の空を一心に見つめる誠の眼には、悲哀も喜楽も浮かんではいない。
 それでいて、その眼差しは真剣だったのだ。それに応じるように、誠の長い前髪を真ん中から左側に寄せるように止めている白黒の髪留めが、朝の光に照らされて静かな光を放つ。

 辺りに疎らに響き始めていた騒めきにも、彼の瞳は揺るぎはしなかった――が。


「オーッス!誠ちゃん!」

「――ッ!」


 背後から耳に焼け付くように響いた声に、誠は遂にその瞳を揺るがせた。いや、声だけではない。突如として誠の片方の肩にかかった重荷にも、その眼は大きく開かれる。

 しかし、その眼も間もなく細められた。変わらない日常を見つめるように。


「俺を置いて登校って、相変わらず無愛想なヤツだな、お前は」

「どうして気付いた」


 陽気な調子に対して、やけに冷たい調子で口にされた食い違う言葉にも構わず、誠の肩に腕を乗せる少年は何故か呆れた仕草をしていた。


「この東海林猛(しょうじたける)に分からないことは無いんだぜ〜」

「嘘を吐け」

「……まあ、このクソ暑い中で冬服ブレザーを着るヤツなんてお前くらいしかいないからな」

「だろうな」


 背中を二度三度と強く叩かれたのにも構わず、誠は抑揚のない声でそう返す。それから、眼を落とす誠は小さく溜め息を吐いていた。
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