隣の若くんSeason1

□隣の若くん 窓の向こうは
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今日、家来る?

思いがけず、そんな言葉が白石に降りかかってきた
あまりに突然の出来事に、携帯電話を握り潰しそうになりながら
今の言葉が幻聴でないことを確かめる
「滝夜叉摩耶ちゃんの家行ってもええの?」
『いやでなければ…』
「嫌なわけないやん。滝夜叉摩耶ちゃんのお家見てみたいわぁ」
『うふふ、そんなりっぱなお家じゃないですよ
 それに今日、多分誰もいないし…』
「へ?そ、それじゃあふ、二人きりなん?」
『うん、嫌かしら?』
嫌なわけがない!寧ろ大チャンス!
もしかしたら、これは、次の段階に進んでもいいという
滝夜叉摩耶ちゃんからの無言のOKサインなのかもしれない
逸る気持ちを抑えながら、白石は待ち合わせの場所へ向かう

滝夜叉摩耶のお家は割と駅に近いが、静かな住宅街にあった
正確には住宅街の外れで、家の後ろは栗畑らしく、まるで森のようだった
森に囲まれた小さなオレンジ色の家は、メルヘンチックな庭に囲まれていた
パンジーや薔薇が咲き乱れていて
所々に妖精やウサギのオブジェが飾られていた
西洋に見られるような、怖い感じの置物ではなく
日本人向けというか、子供が好みそうな可愛らしい顔をした妖精たちだ

「お手入れが中々できなくて、のび放題なの」
顔を赤らめながら滝夜叉摩耶が申し訳なさそうに言う
「そんなことないで、綺麗な庭や。うちのおかんにも見習ってもらいたいわ」
「うふふ、お庭って毎日お世話しないといけないから、とっても大変ですよね」
「滝夜叉摩耶ちゃんも手伝っとるん?」
「出来るときだけだけど、お休みの日とか…
 でも、私がやると余計な手間が掛かるって言われるの」
「あはは、滝夜叉摩耶ちゃんらしいわ」


玄関を開け、中に入る
中は外にも増してメルヘンチックさ満載で、
白石は入るのを少し躊躇った

男が入るのを拒絶しているようなその空間は
滝夜叉摩耶がいかに大切に育てられたかが分かる

部屋に漂う甘ったるい香りと
滝夜叉摩耶愛用のシャンプーの香りが
白石の鼻をくすぐる
心なしか、滝夜叉摩耶の瞳が潤んで見える
全体的にもぼんやりと儚げで
いつにも増して、可愛くみえた
部屋の雰囲気がそうさせるのだろう

ピンクのぷっくりとした愛らしい唇に、白石は自分の唇を重ねたくなったが
その衝動を何とか抑えた
焦ってはいけない
相手の気持ちを確かめてから、初めて優しく触れるのだ
それが、乙女の恋のバイブルというものだ
一人葛藤する白石を他所に滝夜叉摩耶は階段を上り始める

滝夜叉摩耶の部屋に通された
ドアを開ける瞬間、白石はフリフリピンクの部屋を想像した
もしかしたら、お姫様ベットもあるかもしれない
そんな部屋に、自分が座っているところを想像する
あかん、俺、自分で笑ってまうわ

しかし、意外にも、部屋の中は落ち着いた色の家具が並んでいた
父親の書斎にも似たその部屋は
所々、シルバニアのお人形が飾られており
本棚に並べられてある教科書や参考書で滝夜叉摩耶の部屋だとわかる
つやつやに磨かれた机や、ガラスのショーケース
無造作に置いてある宝箱の形をした衣装ケースも、とても高価そうだった
中学生の部屋にしては重厚なカーテンが、外の光を遮っている

「何か持ってくるね
 その辺に座って待ってて」
「あ、ああ」
パタパタと階段を降りる音が聞こえる
部屋にソファはないらしいが、クッションが置いてあった
座ろうと持ち上げると、その手触りのよさに驚いた
それは、赤いベルベットのクッションだった
金の淵飾りがしてある
(滝夜叉摩耶ちゃん家って金持ちなん?)
座ることを諦め部屋を見渡す
滝夜叉摩耶の部屋は角部屋で、八角形の丸い形をしていた
部屋に入って正面の窓から、庭を挟んでお向かいさんが見える
右の窓のカーテンは何故か締め切られていて、部屋が薄暗くなっている
白石は何の気なしにカーテンを開けた
やめておけば良いのに


「あ、白石さんこんにちは」
そこには眼鏡を掛け机に向かう日吉がいた


あまりに突然の出来事で白石はしばし固まる
無言でカーテンを閉め、もう一度開けてみる

やはりそこには日吉がいた

「ひ、日吉君の部屋なんや、そこ」
あまりの近さに狼狽しながら、なんとか声を出した
「ええ、滝夜叉摩耶は下ですか?」
日吉は横目でこちらを見ながら尋ねる
「あ、ああ」
「多分、ゲロ甘い紅茶が出てきますよ
 飲み干すのは無理だと思いますから
 こっそりポットに戻すといいですよ」

口を開きかける白石の耳に
パタパタと階段を上る滝夜叉摩耶の足音が聞こえてきた
慌ててカーテンを元に戻し、クッションに座る

「お待たせしました」
滝夜叉摩耶は紅茶セットとお菓子の乗ったトレーを持ってきた
これが日吉の言っていた“ゲロ甘い紅茶”なのかと身を固くする白石

「白石さんはお砂糖入れますか?」
見ると、カップの横に、シュガーポットがあった
「いや、俺はそのままで」
「私はお砂糖たくさん入れちゃうんですよ」
白石の分をカップに注ぎながら、滝夜叉摩耶は笑いながら話す
自分の分には先にカップの中に砂糖が入れられていた
その量に白石はぎょっとする
(俺のにもアレくらい入ってたら流石に飲めんわ…
 滝夜叉摩耶ちゃん体大丈夫やろか)



「滝夜叉摩耶ちゃんの部屋、下と違うて落ち着いた家具なんやね」
「はい、フック船長みたいなお部屋にしたくて」
「フック船長?」
「白石さんは、フックって観た事ありませんか?映画の」
「ピーターパンが大人になっとるやつ?あー、ちゃんとは観てへんなぁ」
「その映画でフック船長の船室が出てくるんですけど
 とってもお洒落なんですよ
 私、フック船長が大好きなんです
 フック船長にだったら攫われてみたいな
 だからお部屋も船室っぽくしたくて、少しずつ集めたの
 このベルベットのクッション素敵でしょ?
 去年のクリスマスにサンタさんに貰ったのよ」
白石は消化不良になりそうだった
いろんな情報が一度に流れ込んできた
それも、考えられない内容の

え?フック船長に攫われる?サンタさん??
滝夜叉摩耶ちゃん何言うてんの??

「白石さん?」
狼狽している白石の目を覗き込む
滝夜叉摩耶は無防備にも上目遣いのアヒル座り

ぺったんこの胸に色気はないが
短いスカートから覗くふとももは真っ白でぷにぷにと柔らかそうだ

混乱した頭の白石は突然の誘惑に理性が飛びかける
がしかし、隣には日吉がいる
次の段階に進むどころか
抱きしめることもできなさそうだ
密かにため息を吐く白石



とうとう何の進展もないまま
お喋りと、映画鑑賞でこの日は終わった
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