Mardock Blue

□Mardock epilogue
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「ウフコック」

チリンと響くガラスのような、凛とした音色が響いた。
その声を初めて聞くことができたのが人生の最後のシーンであったのは、彼にとって幸いなのか、不幸なことか。
他人にはそれを判断しかねない。
ましてや、彼にも判断できなかった。

命を終えることに何も未練はなかった。
しかし、そのベルのように美しい声を聞いたとき、もっと聞きたかったと思った。
そしてその願いは叶えられないということも分かっていた。

美しい声の主のその頬に涙が伝ったとき
彼女と彼を分厚く隔てるガラスの向こうまで彼女の匂いが漂った気がした。
彼女の魂の匂いは、自分が信頼した証だった。
自分はこの匂いにすべてを託した。
彼女の匂いは、暗闇にいた自分に降り注ぐ一筋の光だった。

その匂いもその声も、きっとこれからも彼の中で輝き続けるだろう。
たとえ、死という虚無のなかでも、その輝きが褪せることはない。

「バロット」

彼は彼女の名を呼んだ。
彼女に何かを託すために。
それは、彼女にこの場を去ってもらう猶予か、別れの言葉だったか。

その赤ん坊の爪のように小さな手をガラスの向こうへ伸ばすが、
彼の思考はもはや停止しかけていた。

瞼が重くなり、視界がかすんでいく。
しかし、彼にははっきり分かった。
彼女が静かに目を閉じてガラスにそっと手を押し当てる。
神に祈る聖女にも似た姿が視覚以外と認識できた。
彼女はもう一度その美しい声で自分の名を呼んだ。
まるで自分の名前が聖句のような響きを奏でる。
彼女が自分のためにレクイエムを詠ってくれるのなら、自分の魂は天国に導かれるかもしれない。

瞼が閉じる瞬間、彼の渋みのある赤い瞳が捕えたのは、
聖女のように美しい彼女と、自分の体の周りを光る破片だった。

こうして彼、ウフコックはガラス窓のむこうから最愛の人に看取られ、ガス室で死んだ。

どんな道具にも変身できる、ネズミ型万能兵器。
そして人格を持ち、いつまでもその思考が煮え切らないことで「ウフコック=半熟卵」と呼ばれた金のネズミのラストシーンだった。



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