ユメのカタチ‡APH‡

□特別な日
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バッシュはコートを羽織り、鞄を持つとリビングを出た。
何かを思い出し、廊下を歩く足を止める。リビングへと戻り、電話機の横に置かれた卓上カレンダーで今日の日付を確かめる。
やはりそうだ。
近くにあったメモパットから一枚紙をめくり取り、ペンでさらさらと文字を綴る。紙が飛ばないよう食卓に花瓶で押さえ、玄関へと向かった。
バッシュは腕時計を見る。
予定よりも早く着いてしまった。
きっとまだ誰も来てないだろう。
会議が行われる部屋の両開きになった厚い扉を開くと、楕円状に並んだ席の一つが埋まっていた。
黒に近い茶色の髪の青年が一人、今日の会議で使う書類に目を通している。
「随分と早いな、ローデリヒ」
バッシュはローデリヒに声をかける。
眼鏡の奥の、紫に近い青い瞳がバッシュを映す。
「ええ、少し早めに着いてしまいました…。貴方こそ…どうしたのです?」
「私も同じようなものだ」
バッシュはローデリヒの隣の席に腰を下ろした。
「…それにしても、今日の会議にお前が出席するとは知らなかった」
「こちらは最近、上の方々に任せきりでしたからね。そろそろ私がやらなければ」
ローデリヒはバッシュから少し視線を逸らして答える。
たしかに、最近の会議で見かけるのはローデリヒの上司で、ローデリヒ自身を見たのは久しぶりな気がする。
「…風邪でも引いていたのか?」
「いえ、風邪というほどでは…。ちょっと色々と…まあ、体調が優れなかったのは本当ですが」
「…そうか、忙しいとは思うが、働きすぎには気をついたほうがいい」
「お気遣い、ありがとうございます」
ローデリヒは心配する旧友に微笑んだ。


会議が終わり、荷物をまとめた参加者が次々と退室する。
「…今度食事でも行かないか?」
机の上に広がった書類を整え、丁寧に鞄にしまいながらバッシュがぽつりと呟いた。
「…珍しいこともあるものですね」
瞬きをしてローデリヒはバッシュを見る。
「行くか行かないか、はっきりとするである!」
「行かせて頂きます」
照れ隠しで怒るような口調になるバッシュに、ローデリヒは眼鏡を直し、きっぱりと答えた。
バッシュは満足したように笑み、立ち上がる。出口へ数歩進むとローデリヒを振り返った。
「女性が贈られて喜ぶものは何だ」
「…何でしょう。私にはよくわかりませんが、実用的な品のほうが喜ばれるのではないです?…リヒテンに贈るのなら、可愛らしいものがよろしいのでは?」
「別にリヒテンに贈るわけではない!」
顔を赤くして力一杯否定するバッシュを見て、ローデリヒはただそうですかと、優雅に笑んだ。



誰もいなくなった会議室の窓の外を眺める。
空が陰り俄雨が降り出す。
よみがえる幼い記憶。

あの頃が懐かしく感じられるようになるなんて…。
私も多く歳月を重ねたのでしょうか。

ローデリヒは苦笑し、静かに立ち上がると会議室を後にする。広く長い廊下に硬質な靴音が響き渡った。



「借りていたものを返そうと思ってな。わざわざ来てもらってすまない」
ルートヴィッヒは机の引き出しから分厚い本を取り出し、リヒテンに差し出す。
「とても興味深く、参考になった。ありがとう」
「お役に立てたのなら何よりです」
本を受け取ると、リヒテンは大切にバックにしまう。
「…そういえば、前にリヒテンが読んでみたいと言っていた本がうちの書庫にあるかもしれない。探しておこうか?」
今思い出したようにルートヴィッヒは切り出す。本当は前から言おうかと思っていたが、なかなか言い出せないでいた。
「はい、ぜひ…!…あの、私にもその書庫を見せては頂けませんか…?」
リヒテンは大きく頷くと、おずおずと尋ねる。
いつになく積極的なリヒテンにルートヴィッヒは驚く。
「あ…ご迷惑ですよね、突然すみません…」
ルートヴィッヒの表情を見て、リヒテンはしゅんとする。
ルートヴィッヒは慌てて言う。
「い、いや、大丈夫だ。リヒテンが見たいのなら、好きなだけ見てくれて構わない」
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