短編
□何をしても
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「あ、部長」
「!!」
久しぶりに部活に顔を出した私が見たのは、いつも持っている手帳に熱心に何かを書いている伏見部長だった。
伏見部長はいきなり私が声をかけた事に驚いたらしく、持っていたカバンをぽーんと放り投げてしまった。
「あーあ、大丈夫ですか?部長」
『大丈夫』『!』
消しゴムを取り出して文字の横に書いてある正の字を消していく伏見部長。
私はそれに構わず放り投げられたかばんを拾って伏見部長に手渡すと、何故か不思議そうな眼で見つめられてしまった。
何か顔についてるのかな?
「私の顔に何かついてます?」
『名無しさん』『さん』『何』「か」『あった』『?』
珍しく自分の声を使う部長にやや驚きながら別に、と答えると伏見部長は手帳をぺらぺらとめくり私に見せてきた。
部長の方こそ何かあったんだろうか。例えあいつが来なくて二人で活動する時も私を気に掛けた事なんて無かった気がするのに。
『最近』『名無しさん』『さん』「が」『変』『だって』『言ってた』
「誰がですか?」
「…」
押し黙って手帳の正の字を消す作業に入った伏見部長を眺めながら次の言葉を待つ。
でも、部長と話せる人って限られてくるから大体の予想は付くんだよなー。
「副部長ですか?」
「…」
消しゴムを持つ手が止まったのと同時に予想が確信へと変わり、あんな人間に自ら近づこうとする伏見部長に少しだけ呆れた。
「伏見部長、あいつとはもう話さない方がいいですよ。いっつも寝てる片割れに見つかったら伏見部長の身だって危ないんですから」
『大丈夫』『!』
「…はぁ。何を根拠にそんな事が言えるんです?」
「…」
「部長、何かあってからでは遅いんですよ?」
『分かってる』『でも』『大丈夫』
先ほどより力強い顔で手帳の文字を見せてくる部長に私は何も言えなかった。
何をしても届かない
(伏見部長があいつを信頼する理由は何だろう…)