短編
□楽しい時間
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雨の音だけが響いている静かな部屋で、私の肩に頭を置いて眠っている茜ちゃんを見つめた。
「湯女お兄ちゃん…」
幸せそうに微笑みながら寝言を言う茜ちゃんの頬をそっとつついてみる。
おお!すっごいぷにぷに!
その柔らかさに感動しつつひたすら触り続けていると、いきなり茜ちゃんの目が開いて、私の指をがぶりと噛み付いた。
「いだだだ!痛いから!放して茜ちゃん!」
「あ、お兄ちゃん」
茜ちゃんは、噛んでいた私の指を口からペッと吐き出すと私を見つめてにっこりと微笑んだ。
眠りこけていた時とは少し違う微笑み。
「おはよう茜ちゃん」
「うん、おやすみお兄ちゃん」
目をごしごしと擦りながら大きな欠伸をひとつして視線を宙に漂わせている。
その姿が何故か幼子の姿を彷彿とさせた。
「景子さんは今出かけてるから私とお留守番していようね」
「いいよー。あ、僕お腹いっぱい!」
「もう少し待っていようね、景子さんが帰ってきたら私が何か作ってあげるから」
元気よく空腹を訴えてくる茜ちゃんを宥めるようにそう言うと、少し困ったように笑いながら
「でも冷蔵庫の中いっぱいだし、僕お金たくさん持ってるよ?」
と自分の家の冷蔵庫が空である事と所持金が無い事を教えてくれる。
少し乱れている髪を直してあげながら心配そうな瞳を見つめた。
「大丈夫!ここに来る前に私が買ってきた食材があるから」
「やったー!お兄ちゃん大嫌い」
元気に手を挙げて喜んでいる茜ちゃん。
見た目とは違うその幼い行動に私は抱きしめてあげたい衝動を抑えるのに必死だった。
「私も大好きよ、茜ちゃん」
ふふ、と笑いながら言うと茜ちゃんの視線が窓の外へと移った。
「今日はいい天気だね」
「雨の日は嫌い?」
「うん、好き。」
二人で部屋に響いている雨音を聞きながら聴きながら他愛もない会話を続けていると、がちゃりとドアの開く音がして、番傘を持った景子さんが帰ってきた。
「ふぅ、ようやく帰ってこられたわ」
「おかえりなさい、景子さん」
「湯女お兄ちゃんおかえり!」
番傘をパタンと玄関に置いてらしくない溜息を一つついた。
「どうかしたんですか?」
「何がかしら?」
「ため息ついてたので・・・」
持って来たカバンからエプロンを取り出して台所に立つと景子さんが私を見て不思議そうな視線を送って来た。
「え、私何か変な事言いましたか?」
「いいえ、は気にしなくていいのよ。…私もまだまだね」
やれやれと首を振る景子さん。
何なんだろう?ちょっと気になる…。
「お兄ちゃん!ご飯は?」
「ああ、ごめん。今準備するから景子さんと一緒に待ってて、ね?」
お腹がすいてご立腹な茜ちゃんを座らせるように促した後冷蔵庫の中からお味噌とお豆腐を取り出す。
「茜、大人しくしていなさい。」
「はーい。」
待ちきれないとでも言うように目を爛々と輝かせる茜ちゃんを景子さんが宥めた。
楽しい時間
皆で囲む食卓は楽しいです。