短編
□かわいい
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円い月が綺麗に浮かび上がり虫達の声だけが響いている時間帯。
私はどうしても眠れずにいた。
部屋の障子を静かに開けて長い廊下をひたすら歩いて行く途中で誰かの気配を感じ、振り返ろうとしたらいきなり手で口を塞がれた。
「!!」
「暴れるなって」
聞いた事のあるその声に堅く閉じていた目をゆっくりと開くとそこには技術開発局の角の生えた人が立っていた。
「いきなり口塞がれるからびっくりしましたよ」
「悪い悪い」
「何でこんな時間に四番隊隊舎に居らっしゃるんですか?」
「卯の花隊長に呼ばれてたんだよ」
阿近さんは書類をひらひらと動かして苦笑した。
「そういうお前はどうしたんだよ」
「なかなか眠れなくってちょっと花のところに遊びに行こうかなって…」
「花…?ああ、第七席か」
「ええ」
私がそう言うと阿近さんはポケットから『十二』と刻印された小さな箱を取り出して私の手に握らせた。
「くれるんですか?」
「ああ」
手の中にある箱を見ながら言うと阿近さんは短くそう呟いた。
「何が入ってるんですか?」
「饅頭」
「へぇ…。十二番隊特性饅頭ですか?」
「まぁ、そんなとこだ」
若干言葉を濁した阿近さんに懐疑の視線を向ける。
「食べても平気ですか?」
「差し入れとしてあいつに持って行ってやれ」
「花にですか?」
「ああ」
びっくりして阿近さんの顔を見上げると不敵な笑みを浮かべている。
十二番隊の人ってよくわかんないな…。
呆けた顔をしている私に阿近さんはやれやれといった視線を向けた。
「早くしないと日が暮れちまうぞ」
「あ、ありがとうございます」
阿近さんに向かって深くお辞儀をした後、私が顔を上げるとそこにはもう阿近さんの姿はなかった。
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