短編U

□どうしようもない。
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「これ、前回の調査の結果の書類です。ここに卯の花隊長の判子を…」

何で今日に限ってこの人なんだろう。
いつもは阿近さんがん、とか言いながら書類を渡してくれてそれで終わりなのに。
どうしてこんな日に限ってこの人なんだろう。
普段の化粧を頑張っている時や、髪形を変えてみた時なんかには絶対と言っていいほど出会えないのに。
ああ、頭を動かすたびにひょこひょこと揺れるあの結んである前髪のゴムを解きたい。
さっきまで何か食べてたのかな、口の端にお菓子の欠片がついてるよ。
もしかして、昨日来た時に阿近さんがくれたお菓子はこの人のだったのかな。同じ匂いがするし。
あ、昨日阿近さんに言ったからかな。この人が好きですって。
だからきっと今日はこの人が書類を渡してくれるんだ。
でも別に今日じゃなくったっていいのに。
こんな事だったら昨日の乱菊さんの飲み会断るんだったな。
結局朝まで飲み明かしちゃったし。
化粧も何もかも全て適当だから、可愛くは見えないんだろうな。

「それで、…ってあの、僕の話聞いてくれてます?」
「…」

優しそうな瞳で困惑気味に見つめられた。
疲れ気味なのか、目元に隈が出来ているのがわかる。
技術開発局って大変なんだろうな…。まぁ、どこの隊も同じように大変だろうけど。
こくこくと頷く。あなたの言葉を聞き逃すはずが無い。
話を続ける彼の後ろで、角の生えた人がこちらに手を振ってきたのがわかった。
ごめんなさい阿近さん、いきなりこんなハードル高い事は無理です。
せめて阿近さんが一緒に居てくれたら少しは違ったんだろうけど。
なんて思ってみるものの無理なのはわかっている。
考えているうちに阿近さんはどこかへと消えさってしまっていた。
後でご飯でも奢るから阿近さん出てきて!と念じてみたものの無駄らしく、私が書類を受け取って帰るまで、阿近さんは姿を見せなかった。


どうしようもない


(僕の話ちゃんと聞いてくれたんでしょうか…)
(大丈夫だろ)

(後で阿近さんにお礼言わなきゃ…)

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