□無自覚バカップル
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三成さん、
三成さん。
起きて下さい。



優しい声とは裏腹に体を強く揺さぶられて、目が覚めた。
ぼんやりした思考の中でゆっくり瞼を押し上げると、目の前には愛しい想い人が顔を覗き込んでいる。

なんだ、左近。
そんなに寂しそうな顔をするな。
直ぐに構ってやる…。

ウトウトしながら三成は左近の首に腕を絡ませて唇を寄せた。

「って…なに朝から盛ってんですかー!!」

「うっ!」

ずごっ!
鈍い音を立てて左近のチョップがモロに腹に入り、這い上がってくる吐き気に三成はようやく頭が覚醒した。
ピヨピヨと頭の中にヒヨコが飛ぶ。

「…なにをするのだ左近」

「そりゃこっちの台詞ですよ!!」

噛み付かんばかりの勢いで左近は叫ぶ。
やめろ五月蠅い。
俺は朝は低血圧なのだよ、と三成は眉をしかめた。
そんな三成をよそに左近はハッとして、慌てて腕時計を見た。

「ほら!三成さんのせいでまた教員会議遅れちゃったじゃないですか!」

「別にいいだろう。昨日は間に合ったのだから今日は遅刻しても、」

「なんですかその理論!?全く、このままじゃあ三成さんも遅刻しますよ!ほら早く着替えて!」
 
お前は俺のお袋か。
と、言いたくなるような左近の言葉に三成も最初は頭を抱えたものだった。
しかし今は違う。
慣れとは怖いものだ。

左近が三成のクローゼットを勝手にあさって、手当たり次第に投げて来るシャツに腕を通す。
そしてズボンを履いてネクタイを締めたのを確認すると、左近は溜め息を吐いた。

「朝ぐらい自力で起きて下さいよ。俺が隣りの部屋だからって」

「便利ではないか。お互い手助けできる」

「三成さんに手助けされた覚えが俺にはないんですがねえ」

三成と左近は同じマンションの隣り同士に住んでいて左近は教師として、三成は生徒として、同じ学校に通っている。

左近は最初は三成の世話をする気はなかったが、三成が遅刻実習犯の問題児であった為に教師達は左近に指導を要求したのだ。

あれからずっと左近は三成と同居生活のような日々を送っている。

「じゃあ行きますよ、三成さん」

「ああ」

全速力でマンションの下まで降りて自転車に跨がる。
その後ろに三成が乗る。
これが二人の登校方法だ。

三成は左近が作ったおにぎりを頬張りながら春らしく桜が咲き誇る町並みを眺めた。
 
三成もとうとう三年生となり、既に周りには受験だやらなんやら勉強し始める気の早い生徒もいる。
しかし三成としては左近がいればそれでいい。
それだけだった。

自転車を全力でこぐ左近はゼエゼエと息を切らしている。
三成が軽いとはいえ高校三年生の男子だ。
左近も若い訳ではないからかなり疲れる。

そんな後ろ姿を三成は二年間見て来た。
一時も自分の為に尽くしてくれる左近が愛しかった。

「左近」

「な、んです…っ」

「やる」

「はあ?むぐう!?」

日頃の感謝の気持ちだと三成的にはかなり感動的に御礼をしたつもりだったが、食べ掛けのおにぎりを口に捩じ込まれて息もろくにできない左近にとってはありがた迷惑だ。
それでも涙目になりながらおにぎりを食べ、学校に辿り着いた左近に今一度大きな拍手を。

「助かったぞ、左近」

「…まだ助かってないですよ。チャイムが鳴る前に教室に入らないと」

涼しげな顔で微笑む三成と汗だくで息をきらす左近が廊下を早歩きしながら話す。
もう日常茶飯なこの様子に振り返る生徒はあまりいない。

「時に聞くが左近」

「なんです?」

「ネクタイはどうした」

「ネクタイ…?」

「ああ、」
 
三成はちゃんとネクタイをしている。
ということは自分の事なのか。
嫌な予感を噛み締めながら恐る恐る手でシャツの首元を確かめる。

ない。
ないんですけど!

「…え、なん…っ」

「全く、お前はどこか抜けているな」

慌てる左近を見て三成は呆れたように笑った。
そしておもむろに自分のネクタイを外すと左近に渡した。
左近は思わず上目遣いに三成を見上げた。
三成がニヤニヤと笑っている。

「…三成さ、」

「交換条件だ」

またもや嫌な予感がして慌てて後ずさるが見た目より力がある三成に腕を引かれて引き寄せられた。

「今夜、」

耳元で呟かれたその言葉に左近は耳まで赤くし、三成の笑ったような息がその耳を掠めた。







(分かったから早く教室に入れバカップル)













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