□恋する獣
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「傾いてるねえ」

慶次は、目の前の光景に思わず呟いた。
鬼の左近。
そう呼ぶに相応しい彼は戦場で大剣を振り回して敵を蹴散らす。
その姿に目を奪われた。

「慶次殿、どうなされました」

戦場を駆け抜けてきた幸村が、立ち尽くす慶次の隣りに立つ。
幸村は慶次の視線を辿り、そこにいた左近に笑顔を浮かべた。

「左近殿は凄いですね。知能に溢れ、力にも恵まれて…」

「ああ、」

ぼんやりと見ている間に、あっという間に敵を片付けた左近がこちらに気付き、苦笑いしながら歩いてきた。

「なに二人して突っ立ってるんです?見てたなら助けてくださいよ」

「お、悪いねえ。派手に暴れてたのに邪魔しちゃ悪いだろ?」

「やめてくださいよ。俺はアンタよりか傾いてやしない」

肩を叩き笑う二人の大男を見て、幸村は自然と口許を緩めた。
その時、三人の後ろから二頭の馬が走ってきた。

「おい、なにをサボっている左近」

「あ、殿」

「幸村と慶次までも!義のために早k(ry」

馬に跨がって、義だ義だと連呼する兼続と仏頂面の三成。
二人共かなり生きにくい性格だと言われているが、慣れとは恐ろしいものだ。
しかし左近は、たとえ三成がどんなに生きにくい性格だとしても、この三成が在ってこそ自分は家臣となったのだと思った。

「幸村は本陣へ戻り、守りを固めてくれ。俺達は敵の本陣へ向かう。左近と慶次には、俺達の背中を頼む。もうすぐ援軍も来る予定だ。全力を尽くすぞ」

「了解です!」

幸村は三成に言われるや否や、風のような勢いで本陣へと走っていった。
流石熱血男だ。

「俺も負けてられないねえ!」

そこで慶次にも火が付いたらしく、先に行くぜ!と敵の群がる場所へと走っていった。
左近は苦笑いを浮かべてその後を追う。

その後ろ姿に三成は疲労を感じ取った。

左近を戦場に引き摺り込んで、苦しませているのは自分だ。
三成は遠くなる背中を見つめながら、この戦が終わったら左近に何か楽をさせてやろうと思った。
しかし、どうすればいいのか。

そんな三成を横目に見た兼続は微かに笑みを湛えた。
三成は優しさに不器用だ。
自分が助けてやらねば。

「三成」

「なんだ、」

「この戦が終わったら、皆で温泉にでも行こう」

「…温泉」

「ああ、ずっと戦続きだからな。疲れもとれるだろう」

三成は薄く笑って頷いた。



―――――――



「それにしても殿が温泉に連れていってくれるなんて…どういう風の吹き回しでしょうか」

湯に浸かりながら左近はぼやいた。
戦の傷跡が染みる。

「三成殿はきっと、左近殿の体を気にかけてくれているのではないでしょうか」

「俺もそう思うぜ」

慶次と幸村も湯に浸かりながら頭を傾げる左近に笑った。
「そうなんですかねえ」と左近は肩を竦めて優しい殿なんて気味が悪い、と失礼な事を考えた。





恋する獣

(左近、頼りにしてくれ)










 
 

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