□ノンブレスで届けて
1ページ/2ページ




「…は?」

キョトン、と伏犠は
目を見開いた。
それでも目の前にいる
左近は嫌な笑みを
止めなかった。

念のために伏犠は
引きつった笑顔で
確認した。
聞き間違いである事を
切実に願いながら。

「す、すまん左近。今なんと?」

「だから、抱かせてください、と言ってるんです」

ニコニコニコニコと
憎たらしい程の笑顔で
結局なにひとつ
変わらない言葉を言った
左近に伏犠はぐらりと
眩暈を感じた。

背中に嫌な汗が
伝っていく。
抱く?
抱くってなんだ?
伏犠は混乱した。

頭に思い浮かぶのは
嫌な想像ばかりで
先程まで仙界で
太公望から酷い目に
合ったばかりの伏犠は
泣きたくなった。

まだ腰が痛いとか
そうゆう問題ではなく、
相手が相手だ。
人界で一番に
信頼していた男。
体は伏犠と同じ様に
ガッシリ鍛えられて
性格も男らしい。

そして…

伏犠は何気なく
視線を左近の下半身へ
恐る恐る向けていた。
見なくても分かる。
太公望より何倍も
でかいに違いない。
伏犠は想像してぞくりと
恐怖に身震いをした。

「伏犠さん、」

気付くと低い声が
耳元で聞こえた。
慌てて我に返ると
左近の逞しい胸板が
目の前にあって
伏犠は息を詰めた。

「伏犠さん」

「さ、さこ、」

今まで聞いた事のない
左近の優しい声に
伏犠は心地良さを感じて
抵抗もろくに出来ない。
腕が背中に回ってきて
温かな体温に包まれる。

ふわりと左近の
甘い香りがして
伏犠の心臓が早まる。
ああ、坊主には悪いが
このまま流されても
悪くないかもしれない、
なんてぼんやりと
思っていた。

しかし、するりと左近が
動く気配がしたと同時に
温もりは増すどころか
消えてしまった。

「あ…、え…?」

思わず間抜けな声を
上げてしまった。
満足そうな笑顔で
自分から離れた左近を
伏犠は困惑しつつ
見上げた。
その視線を受けた左近は
頭を軽く下げた。

「ありがとうございます伏犠さん、思った通りの抱き心地でしたよ」

「だ…抱き心地?」

伏犠は最初訳が分からず
首を傾げていたが
みるみる内に自分の
侵した失態に気付き
首まで赤くした。
そして沸き上がる
謎の怒りを爆発させた。

「〜っ…儂は仙界に戻るっ!」

「ええっ!?ちょ、いきなりすぎやしませんか?」

「五月蠅いわっ!」

ズカズカと大股で
佐和山の城を
出て行ってしまった
伏犠に残された左近は
一人苦笑いした。

「少し、からかっただけ…のつもりだったんですがねえ…」

ここまで良い反応を
返してくれるとは。
左近は自然と上がる
口許を隠すように
手を口に添えて笑った。












(どうした伏犠、目が赤いぞ)(…っ気のせいじゃ!)












後書き→
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ